はじめまして

 三十数年前、時計のセイコーが流したCMにこんな一節があった。〈「さようなら」 この1秒ほどの短い言葉が、一生の別れになるときがある〉▲もう一節は〈「はじめまして」 この1秒ほどの短い言葉に、一生のときめきを感じることがある〉。口にすれば1秒ほどの言葉が「さようなら」から「はじめまして」に変わる頃である。社会に第一歩を踏み出す人がいて、異動、転勤で新天地に立つ人がいて、季節が扉を開けていく▲小津安二郎監督が好み、色紙によく書いたという。〈鯛夢出鳴門円也〉。タイの夢? 鳴門を出る? よく分からずにいたが「タイム・イズ・ナット・マネー(円)」、つまり「時は金にあらず」と読むらしい▲無駄にしちゃいけませんよ、有意義に使わないと。普通ならば「時は金なり」と言う。監督にとって時間とは金銭にも代えがたい、かけがえのないものだったのだろう▲きょう、大方で実質的に新年度の幕が開く。胸をときめかせ、または緊張して、新しい環境であいさつする人は数知れまい。慣れるまでは時も猛スピードで過ぎるだろう▲胸のどこかに、時間の尊さを漢字7文字に込めた色紙を置いておくのもいい。「はじめまして」。1秒ほどの言葉がかけがえのないものにもなる日である。忘れがたい出会いの待つ春を。(徹)

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