第5部「自問」(9) 繕うタオルは妹自身 葛藤受け止める環境を

 40年余りの間、北関東の実家から一歩も出たことがない内川洋子(67)=仮名=は、買い物などの訪問サービスを利用しながら1人で暮らす。電話に出ることや金銭管理はできない。東京都内の自宅から月2~3回、様子を見に行く姉の民代(70)=同=は、自分に「万が一」があった場合の備えを進めている。
 
 まず考えたのは、洋子が障害認定を受け、司法書士らに財産を管理してもらう「成年後見制度」の利用だ。だが洋子は医療機関での受診をかたくなに拒んでいる。
 
 民代は自立支援相談員を通じて、県の健康福祉センターで医師らと面談。1カ月後に訪問してもらうことになった。
 
 「妹さんの了解を得ておいてください」。そう告げられたが、洋子とはほとんどコミュニケーションが取れない。“奇襲”で医師が来れば、私を二度と家に入れてくれないだろう。
 
 民代は、テーブルに置いたメモ用紙に「あなたのために必要」「多少の質問で終わるから大丈夫」と記し、医師の訪問を説明した。備忘録のようなメモ書きを家のあちこちに張っている洋子に、思いが伝わるのではないかと考えたからだ。
 
 訪問当日、洋子は落ち着いて医師の質問に答えた。「疲れたでしょう。よく頑張れたね」と声を掛けた民代は、ほんの少し妹とつながれたと感じた。洋子は2016年の秋に、統合失調症の診断で精神障害1級の手帳を取得。66歳だった。
 
 姉妹の距離は次第に縮まる。洋子が繕いながら30年以上使うバスタオルを「捨てればいいのに」と思っていた民代は、今では「これは洋子自身。必死に生きているんだ」と感じる。成年後見制度の利用を見送り、「私が倒れる前に、妹の思いを理解してくれる人を見つけたい」という。

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 「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」は12年から、ひきこもりの人の兄弟姉妹が悩みを語り合う会を開く。「親が放置してきた」「自分が生涯、面倒を見るのか」。親とは違う苦悩、葛藤にさいなまれる参加者の多くは40代だ。
 
 事務局長の上田理香(46)によると、「自分だけ幸せになっていいのか」と考え、実家を出たり結婚したりすることをためらう人も多い。疲弊した親には何も言えず、不安が覆う。上田は「兄弟姉妹が抑えてきた感情を受け止める環境や、家族全体への支援が必要だ」と語る。(敬称略)

ひきこもりの人の兄弟姉妹には、親とは違う葛藤がある。「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」の上田理香(中央)は家族全体への支援が必要だと語る=2月、東京都内

 

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