春の降車ボタン

 さあ、新年度-誰もが少し新鮮な気分で職場に向かう昨朝の路面電車での出来事。同じ系統の車が続いていたのか、乗客少なめの車内で「事件」は起きた。「次は○○町」-あ、降りなきゃ、と降車ボタンを押した途端▲斜め前にいた3歳ぐらいの男の子が猛然とぐずり始めた。「イヤだーっ。ボクが押したかったーっ」。大音量の“爆泣き”で訴える。すぐに気がついた▲そう、この電車に乗った時からずっと彼が楽しみに待っていた「降りますボタンを押す係」を奪ってしまったのだ。小さい子は皆、あのボタンが大好き。仕方ないじゃない。ね、また今度。なだめる母親の声は、しかし彼の耳には届かない▲「ぜったいおりないーっ」。うわ、ゴメンね。こっちを見たまま、それは悲しそうに泣いている。一方、こちらは泣かせた犯人。逃げ場のない車内で居場所をなくしていたその時だった▲「ボタン押してくださーい」とアナウンス。運転士さんが降車ランプをリセットしてくれた。泣き顔のまま、きょとんとボタンに手を伸ばす彼。ピンポン▲チャイムが軽やかに響き「止まります」のランプが温かく光って、平和を取り戻す車内。自分の失敗はさっさと棚に上げて思った。優しい運転士さんでよかったね。ふんわりと春に似合いのプロの機転。お見事。(智)

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