ハラホロヒレハレとソメイヨシノ散り、八重桜が花盛り。
今年はとにかく桜が早い。

「八重桜の花の奥には、餡子(あんこ)が詰まっているに違いない」
幼い頃、そんな妄想が留まること知らなかった。
大人になると、あの花がイカレタ女たちの狂宴にみえる妄想に駆られた。
幾重にも重なったパニエを翻し、おどけて踊るムーランルージュの踊り子、飛び切り明るいキャバレーのイカレタ踊り子。
そのひらひらのスカートの奥の奥がみえそうでみえない。
ポンポンと揺れる花たちはとても愉し気。
陽気に嬌声をあげてスカートを翻し踊る女たち。
春の匂いとともに、そんな八重桜を眺めしばしうっとり。
今年は目黒川を避けて横浜の大岡川へ。
大岡川の水面に散る桜の花びらのちりぢりを眺めては「ハラホロヒレハレ」と何度も呟く私。
そんなハラホロヒレハレの桜を眺めて思うのは、鬼籍に入られたひとびと。
特に最近亡くなられた方々のこと。
3月に78歳になるはずだった我が人生の師匠をはじめ、映画『ザ・ギャンブラー』(92年 矢作俊彦監督)で共演した日活映画の大スター川地民夫さん。
『世にも奇妙なオムニバス・フローズンナイト』(89年フジテレビ『世にも奇妙な物語』のパイロット版)で共演した左とん平さん。
数々の黒沢清作品で共演しお世話になった大杉漣さん。
そして、クロード・シャブロルの元夫人でミューズたる『いとこ同志』(59年)の仏女優ステファーヌ・オードラン。
それぞれの表情、佇まいを改めてゆっくり思い出していた。
あの花の持つ「死」を思わせる匂いを感じながら、この世にいないひととの思い出を反芻する瞬間。
彼らを思い出すことは彼らとの唯一のコミュ二ケーションかもしれない。
ひとりひっそり桜並木を歩きながらそんなことを思う春。
そんな春。新番組ドラマ出演のため、雪や桜に見舞われながらロケ三昧の日々。

『あさイチ』で毎朝フレッシュな笑顔を見せてくれたイノッチこと井ノ原快彦さん主演の新番組『特捜9』(テレ朝系ドラマ)の第3話ゲスト出演。
久々に共演したイノッチは、疲れの色も見せず、あの笑顔。連続ドラマの主演を担うということを、彼はよく心得ているようだった。
そして『あさイチ』の終盤で踏み込んだ沖縄基地問題発言の話題に。
番組内では自分の言葉で基地問題に言及していたイノッチ。
私の周囲の沖縄在住者たちへもその声はしっかり届いていた。
彼にそのことを伝えると、恥ずかしそうな表情を浮かべながら「本当ですか? 嬉しいですねえ」と感慨深く返していたのが印象的だった。
さて、実は花より酒という私。
「のら呑み会」と称してのらのらと酒場の横丁を徘徊。
春は“のら”しやすい季節でもある。
最近のマイブームは、サラリーマンの街頭インタビューロケ地としても有名なサラリーマンの聖地・新橋。目指すは、ゆりかもめ乗り口の前にある新橋東口駅前にある新橋駅前ビル。
外観はレトロでちょいとモダンなビル。
上階部分は事務所や住居っぽいが、4階あたりには雀荘や囲碁、屋上庭園らしきものもある。
この屋上は数年前に「汐留ガーデン」と呼ばれたお色気パフパフショーが人気の知る人ぞ知るビアガーデンだった。
サラリーマンオヤジのみならず女性客も楽しめた昭和エログロナンセンスなノリのビアガーデンは一度覗いてみたかった。
私の興味は戦後の闇市から生まれた国際マーケット時代の話だったりするのだが、そこらへんの昭和ディープな話は私の妄想でおさめておくことにして、とにかく闇市の名残を感じさせてくれる新橋駅前ビルは、私にとって猫の目がくるくる回るように興味深くてたまらない。
地下の飲屋街は地上にあった飲み屋横丁がそのままビルトインしてしまったカオス状態。1号館のメイン通りを外れるとなぜか曲がりくねった横丁や一坪飲み屋がずらりと、同じビル地下内で歯並びの悪い口の中みたいに重なって軒を連ねている。
池波正太郎先生も通った「ビーフン東」がある新橋駅前ビル1号館。
その地下にある「パーラー キムラヤ」で昭和の味がするプリンを食べて、いそいそと向かうは2号館。

「立ち呑こひなた」で生ビールを一杯やりながら、小股の切れ上がった系新橋美人女将おすすめのアテを何皿か頼んで談笑。
ここにはカレー、寿司と並んで靴磨き屋まである。新橋といえば靴磨きだが、そんな店までもが地下世界に入ってしまったディープな新橋駅ビル2号館。
昭和41年のオリンピック開発の影響で出来た駅前ビルには日本ヘラルドの試写室もあったそうだ。
私と1歳違いのこの古いビル。
構造も面白くて、ついついスイスイとハシゴ酒。

ずらり軒を連ねた酒場に混じって文具店やコピー店があり、トイレに行くとチップ入れなんてのもある。面白すぎてのらのら観察。
もはやここは大人の遊園地だ。

1号館の表入り口に戻って開運狸の銅像“狸広”にご挨拶。
さらに「立ち呑 とんかつ まるや」でベーコンエッグカツとハイボール。
カツサンドをお土産(みや)にして、スイスイスーララッタスラスラスイスイスーイ♪ 気分は『ニッポン無責任時代』(東宝62年)の植木等。
あのノリ。最近めっきり見かけなくなったあのノリを忘れちゃなるまい。
新橋芸者をあげる社長接待などない時代だけど、あの能天気に明るい昭和のノリ。
そんなクレージーキャッツがまだ活躍していた時代に育った私。『シャボン玉ホリデー』や『8時だョ出発進行!』。
母親が見ていた『3時のあなた』が終わると『クレージーの待ッテマシタ!』や『クレージーの奥さ~ん!』(73年~76年頃フジテレビ)という5分程度のミニコント番組に夢中になった。
番組が始まると、絶妙なタイミングで落ちてくる黒猫のパネル。
「ハラホロヒレハレ」と呟くなぞの老人・植木等。奥さんに扮したおじさんたち、謎の人形劇。
あの5分に夢中になっていた子どもの頃。
番組が終わって4時になると、四角い顔に黒縁メガネの「こんにちは高崎一郎です」と、司会の高崎一郎によるあの滑るようになめらかな口調で『リビング4』が始まり、夢のような“3時の時間”が終わってしまう。
なんとも言い難い夕暮れの一抹のさみしさを感じたりしたものだった。
それから散りゆく桜をみるたびに「ハラホロヒレハレ」と呟いてきた。
いまだに「ハラホロヒレハレ」と思わず呟いてしまうひとびとがいたら、それはクレージーキャッツの影響だ。
しかもクレージーキャッツのハナ肇さん、植木さん、谷啓さんと共演した経験もある私はなんて幸せ者なのだろう。
ある映画の現場でハナさんに「おい娘! ここに座って人の演技(シバイ)をよーくみてろよ。な、あいつの演技つまんねえだろう!」と、ヒソヒソと私に耳打ちしてくださったあの至福の待ち時間は何度でも反芻できる私の思い出だ。

カツサンドを手にスイスイスーララッタ向かう先は、珍しい国産ウイスキーを飲みながらお土産(みや)にしたカツサンドも食べられるショットバー。
カツサンドと塩っ気のあるウイスキーに舌鼓を打っていると、チョイト一杯のつもりで飲んでいたのに、いつのまにやらハシゴ酒。気がつきゃホームのベンチでゴロ寝なんてならぬうちに、地下鉄に吸い込まれ帰宅する。
それが私のスタイル。
スイスイスーララッタと両手両足広げて新橋駅前ビル地下。
サラリーマンの群れを横目にちょっくらほろ酔い。
たまには、ドンといこうよ、ドンとね。
そう。いずれ人生はハラホロヒレハレなのだから。