ケイシー・レヴィのエルサに大喝采 『アナ雪』の舞台『FROZEN』、ブロードウェイで開幕

『FROZEN』を上演しているセント・ジェームス劇場

▼アニメーション映画『アナと雪の女王』(原題:FROZEN。2013年)のミュージカル舞台が3月22日、米ニューヨークのブロードウェイで開幕した。昨年のキャスト発表からさかのぼること3年前、14年5月の当欄で、筆者はエルサ役の女優にケイシー・レヴィを期待、予想し、17年に的中したこともあり、開幕数日後に子どもを連れて観劇した。

「予想的中とか自慢かよ」とおっしゃる御仁もおられるでしょうが自慢です。的中当時、快挙に気付いて祝福してくれたのは世界で4人ほどでした。さておき、舞台は大変な盛り上がりでしたが、その出来栄え以前に、客席全体がハッとする瞬間があったので、まずはその話から。

▼映画同様、子ども時代のエルサとアナ姉妹の、雪だるまつくろうという仲むつまじい場面から物語は滑り出す。ただ、姉妹の父アグナル国王役は、映画と違って黒人俳優が務め、母は映画と同じく白人。子役姉妹は白人だ。その時点では客席にハテナマークは、さほど浮かんでいなかったが、しばらくして登場した成長後のアナは黒人女優で、客席全体がほんの一瞬、「?」と小さく息を飲んだようになった。

▼この、<白人である子どもが成長して黒人になっている>ことは、この日、成長後のアナ役が本来のパティ・ミューリン(白人)ではなく、代役アイシャ・ジャクソン(黒人)だったために起きた。白人偏重を是正する波は、映画界だけでなく演劇界にも押し寄せていることだろう。とはいえ今回のことは、まるで「肌の色は関係ないんでしょ。だったら別にいいじゃない」とディズニーから不意打ちで言われ、こちらの意識を試されたかのようで、随分と新鮮だった。沈黙の瞬間後は「ああ、彼女が大人のアナなのね」と受け入れてしまえば、あとは肌の色など気にならなかった。

▼さて、『FROZEN』は、同じディズニーのミュージカル『ウィキッド』と骨格部分で共通している。主役は不思議な力を持って生まれた内向的な女性と、明るい女性のコンビであり、舞台版は両作品とも第1幕の最後に、悩んでいる方の女性が自分を解き放つかのように力強い曲を歌い上げる。この1幕最後の曲は、もしもうまく歌えなければ作品全体を台無しにしてしまうほど、大きなウェイトを占めている。

舞台版『FROZEN』のエルサ役を務めるケイシーは、かつて『ウィキッド』の緑色の魔女エルファバを務めたことがある。妹アナ役に選ばれたパティはエルファバの明るいルームメイト、グリンダを演じた経歴を持つ。

▼幕が上がると、まずはアナの子ども時代を演じるオードリー・ベネットが、天真爛漫なキャラクターを全身で表現し、観客を楽しませた。分かりやすい作品らしく、姉との性格のコントラストをくっきりと際立たせた。成長後のアナを演じたアイシャは、まだ粗削りで、歌唱にムラがあった。一方エルサ役のケイシーは、たたずまいでも歌声でも観客を魅了した。

▼ケイシーはカナダ出身。筆者が初めて見たのは2011年10月のロンドン。『ゴースト・ザ・ミュージカル』の主役で、それが彼女の出世作となった。映画『ゴースト/ニューヨークの幻』の舞台化であり、ろくろを回していたデミ・ムーアの役をケイシーが演じた。舞台自体への批評家筋の評価は割れていたが、ケイシーの歌声は身を委ねたくなる心地よさ。中音域はなめらかで甘く、歌い上げると高音域はよく伸び、キンキンとした息苦しくなる成分はなく、透き通り、しかしパンチも利いていた。ゴーストは翌12年にニューヨークのブロードウェーでも開幕し、そこでもケイシーが主演した。

ゴースト以前は『ヘアー』ブロードウェー・リバイバル版(09年)でシェイラ役を務め、さらに前には『ウィキッド』ブロードウェー公演やロサンゼルス公演で、エルファバ役を代役として経験。ちなみにエルファバのオリジナルキャストは、映画でエルサの声を演じたイディナ・メンゼルだ。『ゴースト―』後のケイシーは、14年に久々にブロードウェーで上演された『レ・ミゼラブル』でファンテーヌを演じた。

▼『FROZEN』の1幕最後、ピアノの音色、『Let It Go』の前奏が鳴り始める。同時にケイシーが舞台左袖からこちらを伺うように静かに現れると、「待ってました!」と言わんばかりの大拍手と「フーッ!」と歓声が湧き起こる。歌う間に衣装面の仕掛けが複数回あり、セットの転換と同時でとりわけ鮮やかな瞬間がある。氷の城、無数のしつらえられたクリスタルと同化したかのようにケイシーは輝きを放ち、歌のクライマックスに向けて客席側に歩を進め、声量をぐいぐい上げていく。最後の歌詞「The cold never bothered me anyway(日本語版は『少~しも寒くないわ』)」は、映画のように抑えめではなく、歌い上げるメロディーにアレンジされ、3階席まで見上げたケイシーがフルボリュームで美声を響かせると、歌い終わる前から客席は両手を高々と挙げて「フォー!」と叫ぶ人、立ち上がって手をたたきまくる人だらけで、もう歌声が聴き取れない。でもすんごい盛り上がりで楽しいからまあいいやというハイ状態。子どもたちは海外のお客さんの楽しみ方に驚き、喜んでいる。熱狂のうちにハーフタイムを迎えた。

▼何でも凍らせてしまい、氷の城まで出現させてしまうエルサの不思議な力を、舞台ではどう表現するのか。そこは予想の範囲内だった。リオデジャネイロ五輪閉会式や平昌五輪開会式などでもおなじみになった、プロジェクションマッピングの活用だ。映像や画像を投射したい場所とタイミングに正確に投射する。ただ、それだけではなく、とてもアナログな仕掛けとミックスされている。おかげで、エルサの心とリンクするとげとげしく冷たい氷の感覚は、ダイレクトに伝わってきた。

▼他に、あのニンジン鼻の愉快な雪だるま、オラフももちろん登場。着ぐるみはやめた方がいいと思うが…と心配していたら、着ぐるみではなく、大正解なやり方で演じていた。トナカイのスヴェンの造形はリアルを追求したようで、登場した途端、ハッとさせられる。まばたきをし、耳も動く。楽曲は、舞台用に作られた新曲群もあり、上々だ。

▼1幕後のハーフタイム、「『Let It Go』は歌い終わったし、はて、2幕にこれ以上の盛り上がりがあり得るだろうか」と思う冷静な時間が、恐らく誰しもに訪れる。それはある意味正しいのだが、映画には存在しないヘンテコな場面がある。多数の男女が、まさかのアキラ100%的パフォーマンスで、体のあちらやこちらを隠しながらのダンス! えらく盛り上がった。ディズニーよ、意外とそっちもいけるのか、なんだか悔しい。そしてラストはファンを喜ばせる演出で大団円。一見の価値は十分あります。(敬称略)

(宮崎晃の『瀕死に効くエンタメ』第110回=共同通信記者)

☆2017年5月のキャスト予想的中時のコラムを読んでくださる方は、<『アナ雪』舞台版主役は期待大 3年前の予想的中、ケイシー・レヴィ>を検索していただければ、まだ掲載してくださっている地方新聞社のサイトか47NEWSのページが見つかります。

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