第12回:防災教育ならぬ「BCP教育」なんてあるの!?(適用事例6) 防災担当2年目が挑む新人研修

思わぬ新人研修を任されたM君は果たして上司の要求に応えられるのか(出典:写真AC)

■果たして防災教育オンリーでよいか?

総務のM君は防災担当です。BCP事務局という役割名も与えられており、BCP文書に何か書き換えの必要が生じたら、オリジナルのファイルを開いて訂正し、災害対策本部メンバーに配布するといったことも手掛けています。これらの業務を引き継いで足掛け2年目、覚えることは山ほどあります。

新人研修などの準備で忙しい4月のある日、M君は上司からあることを言われました。せっかく当社にはBCPがあるのだから、今年度の新人研修のカリキュラムの一つは、防災ではなく「BCP教育」にしてみてはどうかという提案です。

「なるほど、それはグッドアイデアですね!」と一返事で賛同してはみたものの、BCP教育なるものが存在するのかどうか、M君は知る由もありません。おそらく上司は何らかのイメージを持っていて、それを踏まえての提案だろう、ぐらいにしか考えていなかったのです。そして、時間のある時にもう少し詳しく尋ねてみようと考えていました。

ところが、何日か経って再び上司から声を掛けられたとき、M君は面食らってしまいました。

上司:「どうだい? 例のBCP教育。何か具体的な青写真は描けたかな?」
M君:「そのことなんですが、例えばどのような教育のことを指すのでしょうか?」

上司は一瞬ぽかんと口を開けていましたが、すぐに気を取り直してM君を説得し始めました。

■BCPに関する教育とは何ぞや

「あれ、M君分かってないようだね。新人研修まであと3週間しかないんだぞ。これは僕の思いつきの提案なんかじゃない。防災教育だけでよいのか?とは社長から言われたことなんだ。とにかく、どんなことをやるのか、知恵を絞って早めに中身を固めてくれないか!」。

社長からの指示ならそれを早く言ってほしいものだとM君は少々不満顔でしたが、こうなったら、当社初のBCP教育の実績を作ってやろうという意気込みも同時に生まれました。

さっそく翌日、BCPの参考書を買ってきて調べてみたのですが、いろいろなことがたくさん書いてあります。やっと「教育」という文言を見つけたものの、わずか1~2行の抽象的な言い回しで終わっていて、具体的にどのようなテーマでどんな教育をするのかは皆目分かりません。まるで一人ボートに乗って大海原の真っ只中にいるような取りつく島のない気分です。

そこで彼は、以前勉強会で学んだPDCAのことを思い出し、何はともあれこの枠組みに当てはめて考えれば、何かカタチが見えてくるのでは、と希望を見出しました。すぐさま実行です。

まず「Plan」を組み立てる前提として彼が考えたのは、どんな種類の教育が望ましいか、焦点を絞ることです。災害時にBCPを手にして使うのは経営者から中間管理層までのいわば意思決定者たちです。そしてその下には意思決定に基づいて重要な業務を遂行したり、復旧活動に当たる一般社員がいます。このとき意思決定者が社員全員そろっていることを確認し、速やかに必要な役割をアサインできるようにするには、日頃から一般社員として心得ておくことは何だろう?と彼は自問してみました。

■中身は参加者の立場で考えてみる

例えば大地震を想定してみる。するとそこから次の3つのポイントが見えてきます。第1にしっかりと自分の身の安全を確保すること(社内・通勤・外出中など)。第2に自分の無事を会社に速やかに知らせること、このとき、会社に連絡できない事態が起こることも考えておかなくてはなりません。第3は、何らかの理由、例えば自宅や家族の被災あるいは交通機関の寸断などで出社・帰社・帰宅できない時どう対処するのか、といったことです。

少しずつ方向性が定まってきたM君は「よし、この調子」と自分を励ましました。さて次は「Plan」における目的、目標、範囲、達成方法、達成指標の設定です。

この研修の「目的」は、災害時における上記3つのポイントを参加者に理解してもらうことです。「目標」は、災害時に自分がどう判断し行動すべきかが参加者の意識に根付くこと。次の「範囲」は、研修の範囲のことです。これは大地震発生直後から24時間、いわゆる初動の範囲に限定しました。

4つ目の「達成方法」。これについては、パワーポイントを使って簡単な災害シミュレーションのストーリーを組立て、時間の経緯に沿って用意したいくつかの質問を参加者に投げかけるという方法をとることにしました。

さて最後は「達成指標」です。不測の事態に関する研修ですから「正解」を期待することはできません。むしろ自分の勝手な思い込みや、想定外の出来事にどう行動したらよいか分かない自分に気づいてもらうことが研修の成果につながります。そこでM君はレポートやアンケートを通じて集計した定量的・定性的意見や感想をもって達成指標とすることにしました。

■「Check」は参加者の感想から

新人向けのBCP教育研修はこうして実施することになりました。PDCAにおける「Do」のステップです。進行役のM君はややぎこちなさが目立ちましたが、新人社員たちの熱心さはそのぎこちなさを補って余りあるものでした。M君から問いかけられた質問に対して、中にはちゃっかりスマートフォンで検索して答えを探そうとする社員もいましたが、そんな時はM君の横にいた上司からちょっとキツイ一言が飛びます。「そこのキミ!、スマホで答えを探そうなんてダメだぞ。実際に災害が起これば待ったなしだ。まずは危機感を持って自分の頭と心で考えなさい!」。

M君たちは、研修の後で全員から研修レポートとアンケートを回収し、集計して報告書を作成しました。これが「Check」のステップです。実にさまざまな意見や感想が述べられていました。

「目からうろこでした!」「日頃何も考えていなかった自分が情けないです」「これまで世の中には必ず答えがあるものと思って生きてきた自分を反省しています。これからは心を入れ替えます」…。

しかしもちろんポジティブな回答だけではありません。研修の進め方に対するぎこちなさや、社員の感想や気づきをフォローする仕組みもほしいといった意見もありました。

最後に報告書を読んだ社長は、M君と上司に感想を述べました。「はじめてのBCP研修にしてはまずまずの成功だったようだね。この調子で次回もお願いするよ。もちろん、改善要望もあるようだから、それらも踏まえてということで。ごくろうさま!」。

M君たちは、社長のコメントを持ってPDCAサイクルの「Act」の判定としました。ひとまず今回の改善要望を加味した上で、次回の新人研修もほぼ同じ手順で実施することにしたのでした。

(了)

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