男性が立場の優位性を背景にセクハラ行為を働く。財務省で発覚した疑惑の構図は、女性が働く場のあちこちに見られる。被害女性が所属する組織が半ば人権侵害を許容もしており、被害を訴えにくい状況に拍車をかけている。
「やろう。やらないと相性が合うか分からないじゃん」。民放テレビ局の30代の女性ディレクターは政治部記者だった時代、宴席である国会議員から肉体関係を求められたことがある。
しかしながら、声は上げられなかった。男性上司に下半身を触られ、後ろを振り返ると、その上司がにこやかに仕事の話をしてくるようなセクハラ行為を入社当時から受けていた。
「今の社会は遅れ過ぎている。先日は、同僚が仕事中に男性からパンツに手を入れられた。比べると(自分の被害は)インパクトが小さいかもしれない。でも、やられた方のショックはとても大きい」とし、こう続ける。「間違いなくテレビ業界だけの話ではない。世の女性は、少なからずみんながこういう目に遭っていると思う」
40代の元女性アナウンサーは地方局で働いていた当時、「女性らしさのようなものを求められてきた」と振り返る。「謙虚であれ」と高圧的に迫る男性上司らがつくる雰囲気一つ一つが組織全体の風潮として醸成されていく。それに自分自身も次第に慣れていくことに怖さを覚えた。
性被害を告発する「#MeToo」(「私も」の意)運動の広がりには時代の変化も感じる。だが「ハラスメントは一対一という閉鎖的な空間で起きる。男女には圧倒的な力の差がある。そういうことに男性側は無理解だ」と話す。
「被害を訴える相手も男性上司。テレビ朝日の女性社員が新潮社への情報提供という手段を取ったのはやむを得ない」と思いやる。「勇気のある行動。でも、社会にある空気が勇気を出させないようにしているのも現実」と語った。