【ベトナム鉄鋼業レポート(下)】自給化進むホットコイル 高まる通商措置の懸念

 日本企業と関係が深い大手薄板リローラーのトン・ドン・ア(TDA)。ホーチミン市の北、ビン・ズン省の第2工場には冷延ミル2基がある。建材薄板メーカーが上工程へと進出した好例だ。

 その構内の母材ヤードで徐々に存在感を増しているのが、昨年に第1高炉へ火入れしたフォルモサ・ハティン・スチール(FHS)の熱延コイル。ホットを全て輸入に依存していた越市場だが、FHSの参入で徐々に自給化が始まった。

 リロール用や鋼管素材などで使われるホットは、能力が増えているベトナムでも未だ不足している鋼材だ。同国のホットや厚板など「熱延鋼板類」の輸入量は2016年に1157万トンに上った。

 これが17年は929万トンへと大きく減った。前年の購買が多過ぎたための在庫調整が主因と見られるが、FHSのホット販売が始まったことも反映されたようだ。

 ベトナム鉄鋼連盟によると、昨年のホット生産は138万トン。要はFHSの生産量だ。このうちホット輸出は79万トン。裏を返せば国内販売の方が少なかった形だが、高炉の立ち上げ当初は品質的にリローラーへの販売が難しかったためと見られる。昨今は「段々と品質が良くなっている」と評されるようになり、越リローラーの本格的な調達ソースになりだした。

 第1高炉の稼働が通年で寄与する今年は1~3月期だけでホット生産が63万トンに達した。5月にも予定されている第2高炉の稼働で、今年は300万トンを超えるのが濃厚。ホットの需要は増え続けており、昨年の冷延鋼板の生産量は前年比4%増の383万トン、溶接鋼管は12%増の231万トン(ただし亜鉛めっき鋼管を含む)だった。三菱重工業系のプライメタルズ・テクノロジーズ・ジャパンから導入した530万トンの熱延ミルがフル稼働に達するのは時間の問題だろう。

 このFHSに続き、高炉からホットを造ろうとしているのが、ホア・ファット・グループだ。来年末までにダニエリグループへ発注した炉内容積1080立方メートルの高炉4基や、薄スラブ連続鋳造からホットを造る350万トンのクオリティ・ストリップ・プロダクション(QSP)、そして冷延や溶融亜鉛めっきラインを立ち上げる。狙いは建材薄板への本格参入だ。

 ホアファットは首都・ハノイがある北部を地盤とし、資金力と政治力の高さに定評がある。鋼管や亜鉛めっき鋼板も手掛けるものの、主に電炉や小型高炉で条鋼を造るメーカーと見られてきた。高炉一貫で建材薄板を増産するとなれば、ホア・セン・グループやナム・キン・スチール、TDAらリローラーには脅威となる。

 ホアファットとFHS合わせ、越のホット年産能力は900万トン近く。輸出向けに生産することも想定され、完全に越内需を満たすことはできないかもしれない。しかし輸入材の置換がうまくいかず、値段が安くて儲からないとなれば、ホットを対象にアンチダンピング(反不当廉売=AD)措置の動きが浮上するだろう。

 ホアファットには通商措置での「実績」がある。16年に発動した半製品・ビレット輸入に対するセーフガード(緊急輸入制限=SG)措置は条鋼最大手であるホアファットが中心となり商工省へ働き掛けたものだった。

 台湾企業やJFEスチールによる純粋外資系だったFHSにもベトナム資本が入る方向で、一説では越政界に通じたLCC、ベトジェットエアの女性オーナーが一部株式を保有するとされる。

「建材頼み」脱却なるか

 越政府が熱延メーカー2社を保護するためAD措置を発動すれば、安いホットを輸入し生計を立ててきたリローラーは厳しい状況に置かれる。活路を見出すには建材以外で薄板需要を広げられるかが鍵になりそうだ。

 TDAが日本企業との関係を重視するのも、差別化戦略の一環。家電向けといった付加価値製品を造ることで棲み分けを図れるかがポイントだろう。

 二輪車が中心だったベトナムでは徐々に四輪車販売も増えてきた。とはいえ、年間販売台数は輸入車含めまだ30万台。現地生産はノックダウン(KD)が中心で、越国内での薄板需要につながっていない。ただ昨年には越最大財閥のビン・グループが自動車生産への参入を表明し、傘下企業の「ビン・ファスト」で早ければ来年にもプレス工程から国産車を造り始める計画だ。

 ベトナムの人口1人当たり鋼材消費量は231キログラム。建材中心の市場ながら、製造業で先行する隣国・タイの260キロ前後に近い水準にまで迫ってきた。東南アジア最大の鉄鋼国としてさらに殻を破れるかは、需要産業で裾野を広げられるかに懸かっている。(ホーチミンシティ発=黒澤広之)

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