金属行人(4月27日付)

 「トヨタ物語」(野地秩嘉著)では、戦前に豊田英二氏が鉄鋼の生産量を調べ、日米を比較した逸話が登場する。開戦の年、日本の鉄鋼年産は600万トン。一方の米国は1カ月程度でその600万トンを造ってしまう。敗戦の年に次男が生まれた際、英二氏は鉄が足りず負けたことを忘れないため豊田鐵郎と名付けたという。今の豊田自動織機会長である▼同書はトヨタ自動車の製造現場を追った内容で、自ずと鋼材との深い関わりが描かれている。戦前にA1型試作車を開発する時は「鉄と格闘」しエンジンや足回り部品の実用化を図り、幾度も溶けた鉄が吹き上がったという。それでもボディーはUSスチールから輸入せざるを得なかった▼今では、日本の鉄が世界中の自動車産業で使われている。鉄が足りないという時代は遠くなったかに見えるが、軽量化に寄与する超ハイテンや、モーター用の高効率な電磁鋼板などは電気自動車の実用化でますます貴重になるだろう▼100年に一度とされる自動車産業の大変革期。何が正解かは車メーカー、部品サプライヤー共に分からない。トヨタ物語では「昨日やっていたことを今日は疑う」自分で考え、動く人間を育てることがトヨタの本質とする。これからの時代、ますます求められる考え方だろう。

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