【南北会談】平和への一歩に誇り 横浜の朝鮮学校で中継

【時代の正体取材班=石橋 学】北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が軍事境界線を越え、韓国の文在寅大統領と握手した瞬間、歓声が上がった。在日朝鮮人の子どもたちが通う神奈川朝鮮中高級学校(横浜市神奈川区)。朝鮮半島情勢のあおりをいわれもなく受け、とりわけ差別にさらされてきた生徒の口から語られたのは、真っすぐな平和の希求、未来への希望だった。

■軍事境界線ないも同然

 午前9時半、中高生約160人が見詰めるスクリーンのライブ映像が、手を取り38度線をまたいでいく2人の指導者の姿を伝えた。

 「もう、軍事境界線はないも同然だ」

 歓声と拍手、感涙する先生たちの「マンセー(万歳)」の叫びに包まれた体育館で高校3年の男子生徒(17)は目を輝かせた。

 昨年、全国の朝高生の訪問団に選ばれ、祖国の地を踏んだ。板門店を訪れ、韓国側の兵士と向き合った。「すごく距離を感じた」。休戦状態のまま終結をみない朝鮮戦争の現実だった。

 「でもきょう2人が同じ言葉で話し合っているのを見て、やっぱり一つになるべき民族なんだ、と。分断の象徴が平和の象徴になった」

 文大統領と同じ言葉を口にし、かの地にはせた思いを重ねた。

 体育館には統一旗が持ち込まれ、学校が用意した缶ジュースとチョコパイが配られた。ささやかだが、万感がこもったのエール。

 「これからは一つの朝鮮、一つの民族として羽ばたいていく時代。君たちのために祝杯を挙げよう」

 

 金(キム)燦旭(チャヌク)校長(50)は生徒たちにそう語り掛けた。

 「自然に拍手が起きていたのは、それだけうれしかったということ。ずっと悪いニュースとしてしか取り上げられてこなかったから」

 理屈じゃない、わき上がるものを体で感じてほしかったと金校長は言う。

 「2000年の最初の南北首脳会談後に生まれ、いまの生徒は統一と言われても実感がない。ぜひ明るい未来として刻まれてほしい。朝鮮半島の統一は世界の平和につながる。よし、これから世界で活躍していくぞ、と」

■心で知った民族

 在日4世で中学3年の男子生徒(14)は「世代的にすごく関心があったわけじゃないけど、いざ目にしたらワクワクしてきた。誇らしい気持ち」。自分も歴史的瞬間の当事者だと思えた。

 拉致問題や核・ミサイル開発をめぐり、あしざまに伝えるニュースに触れるたび、「いらいらしていた。ああ自分は朝鮮人なんだ、と心の痛みで知った」。

 そして、「戦争におびえていた」。

 厳しさを増していった米朝の対立だけが原因ではなかった。日本政府は朝鮮学校だけを高校無償化制度から排除し、県や横浜市も補助金を打ち切った。ネット上には「テロ国家」「朝鮮人は帰れ」とヘイトスピーチがあふれ、「同じ国、同じ人間として認められていない」。ならば引き金はたやすく引かれる。

 排除の理由に拉致問題が持ち出され、教育に政治や外交が持ち込まれるという、差別というほかない不条理がまかり通る。

 「その気になれば朝鮮学校をいつでもつぶせる。学校がなくなれば朝鮮人である自分が自分でいられなくなる。怖いし、心細かった。あっさり消されるちっぱけな存在なんだ、と」

 朝鮮学校に通っているからこそ募った不安。だからこそ「夢のような光景」に映った。

 

 「きょうという日が来て、安心した。間違いなくいい関係をつくろうとしている。もとは一つだったのだから、敵対してきたけど、こういうことができる。米国に対抗するためとはいえ、核やミサイルの開発は正直、少し迷惑だった。身を守るためであっても、結局、相手を傷つけるためにあるのが武器。朝鮮半島だけでなく、世界中の核と兵器がなくなる未来が来てほしい」

 その入り口にルーツがある国が自ら一歩進み出たと思えて、誇らしかった。

■政治と時代は動いた

 「軍事境界線、私も越えたい」。高校3年の女子生徒(17)は6月に迎える祖国への修学旅行がますます待ち遠しくなった。

 「先輩たちは板門店で分断の悲しみを感じてきた。もう違う。政治が、時代が動いた。ああ、ここは2人が握手した場所なんだと、明るい未来を感じることができる」

 朝鮮学校で歴史を知ったからこそ、南北会談の意味も理解できる。「いろいろ勉強してきた高校3年生で良かった。中学生の弟はいまいち分かっていないから」

 そんなふうに、心のありようとして出自を肯定して捉えられる機会は、ほとんど初めてだった。横浜駅前に立ち、すべての子どもに保障されるべき学ぶ権利を求めて高校無償化の適用を訴えるのも、いかに自分たちが差別されているのかを確かめることから始めなければならなかった。バイト先で責任者に「君って、何人なの」と聞かれ、うまく答えられなかった。

 「朝鮮人でいて感じることがマイナスなことばかり。一緒にバイトしている日本人の友達に朝鮮人と知られたとき、どう反応されるかが怖かったりもするけれど、この先、きょうのような日が続けば胸を張って朝鮮人だと言えるようになる」

  一方で思う。

 「本来普通なことなのに、すごいこと、うれしいことになっている。それは悲しく、悔しいことでもある。分断され、敵対しているのが異常なことだと、日本の人たちにも分かってほしい」

 なお疑念を向け、不十分さ、不透明さを強調する日本の政治家のコメントや報道の仕方が気になる。同じ映像を見て、どうして素直に受け取り、喜ぶことができないのか、と思う。

 「平和を望んでいるとか、戦争はしないと言っているけれど本当かな、と。差別だって減らないし、むしろひどくなっている」

 その胸には、韓国側に設けられたプレスセンターの映像も刻まれた。

 「世界中のメディアが集まり、平和の始まりを伝えた。日本だってそろそろ気づいていいと思う」

板門店のライブ映像に歓声を上げる朝鮮学校生ら=神奈川朝鮮中高級学校

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