女2人、瀬戸内の島へ 自然体が気持ちいい  「U30のコンパス+」第1部 移住の先に(3)佐島前編

住んでいる古民家の庭で畑仕事をする鈴木彩美(すずき・あやみ)さ ん(左)と武田由梨(たけだ・ゆり)さん。3月下旬は夏野菜の種を植えていた。

 東京でおしゃれなカフェや買い物を満喫していた2人の女性が瀬戸内海に浮かぶのどかな島に移住した。都会の暮らしに疲れたわけでも、地域おこしが目的だったわけでもない。「海の色で季節を感じる。自然体でいられて心地よい」。住んで1年。ご近所とのお裾分けのやりとりや、庭の畑が見える築90年の古民家の縁側が気に入っている。

 瀬戸内しまなみ海道(西瀬戸自動車道)沿いの因島(広島県尾道市)から、さらに船で16分。人口500人ほどの佐島は愛媛県上島町にあり、高齢化が進んで働き手が不足している。2人を訪ねた3月下旬、元雑貨店店員の鈴木彩美(すずき・あやみ)さん(30)は麦わら帽子と長靴姿で庭仕事の最中だった。カボチャにトマト…。夏野菜の種を植えた。

佐島

 栃木県で生まれ育ち、海やおだやかな気候に憧れた。佐島に初めて来たのは2016年8月。一年中同じような野菜が並ぶ都会の店では旬を意識したことがなかったが、島の人たちは季節ごとに採れるものを食べ、空模様から雨が降りそうなことも分かった。

 「自然の中で暮らしていたら当たり前に知っている生活の知恵。自分もそうなりたいと思った」と鈴木さん。4泊したゲストハウスのスタッフと畑に行ったり、海で釣りをしたりするうちに島での暮らしが想像できた。「ここに住もう」。

 ゼネコンで設計を担当していた名古屋市出身の武田由梨(たけだ・ゆり)さん(30)は古道具など大切に受け継がれてきた昔ながらのものが好き。木を使った居心地の良い家づくりがしたいと転職を考えていた。武田さんは「自分で家を修復したり、食べものを育てたりする暮らしがしたかった」と話す。

 2人を結び付けたのは鈴木さんが滞在したゲストハウスだった。鈴木さんが島を訪れていた、ちょうどその頃、武田さんは東京で偶然、知り合った女性から「島で借りられそうな古民家があるよ」と紹介された。ゲストハウスの経営者だった。

 移住を決めた2人は2カ月後、女性の仲介で初めて顔を合わせた。どんな暮らしがしたいか不思議と話が合い、一緒に店を開く計画を立てた。何度か準備で東京と島を行き来し、17年4月に引っ越した。

 しばらく空き家だったという2人の住まいは集落の中にあり、祭りの時にはみこしでにぎわう場所。中に入ると、居間と納戸には大家さんの神棚や仏壇が。風呂場で上を見ると天井に穴が開いていた。窓は閉めても隙間から外が見えて「露天風呂」状態だ。水道やガスは料金が高いため、調理には井戸水とカセットコンロを使う。クーラーはなく、夏は徒歩数分の海で水浴びして涼み、初めは苦手だった虫にも慣れつつある。

 貯金はなかったが、職種にこだわらなければ働き口はいろいろあった。2人は、隣島にある飲食店での時給800円のバイトに加え、夏は海水浴場の管理、冬はかんきつ類の箱詰めを掛け持ちする。

 収入は2人で月13万円ほどだが生活していける。野菜は畑で育て、近所の人から「作り過ぎたから」と煮物が届くなど、お裾分けも日常だ。玄関先に取れたての野菜が置いてあったり、道でおじさんにまだ動いているタコをもらったりしたこともある。

島のお気に入りの場所

 着る服も替わった。鈴木さんは移住前に着ていた服はあまり着なくなった。今では布を買い、自分で縫ったワンピースとズボンを愛用する。東京で会社員だった武田さんも、ここではホームセンターの作業着をチェックする。

 縁側に座ると、鳥のさえずりと近くの家から電話の音が聞こえた。武田さんは「静かだけど、生活感もある。みんなに見守られている」と話す。熱が出たときには、近くの人が薬をくれたり病院に送ってくれたりした。

 2人は飲食店がない島にカフェを開く準備をしている。候補地は白い壁に海を連想させる青いドアの元集会所。掲示板に残った子どもたちの絵を眺めならがら、鈴木さんは「島内外の人が自然と集まり、会話が生まれる場所を作りたい」と夢を語った。

※後編に続く→「見守ってくれる」 溶け込み築く良い距離感 「U30のコンパス+」第1部 移住の先に(3)佐島後編

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