平成の昔日

 昔は使わなかったのに、今では当たり前のように使う言葉がある。「右肩下がり」はその一つだろう。ずっと前は「右肩上がり」としか言わなかった気がするが、思えば長いこと、景気や暮らし向きを「右肩上がり」と言う話は聞かない▲明日は今日よりもよくなるさ、という「右肩上がり」とは逆の時代だと、哲学者の鷲田(わしだ)清一さんのエッセー集「人生はいつもちぐはぐ」にある。では、つまらない世の中になったかと言えば、そうでもないらしい▲クーラーやらマイカーやら、昭和の昔は欲しい物がみんな同じだったが、今は人の生き方も欲しい物も横並びではなくなった、と鷲田さんは言う。なるほど、右肩上がりがいいとも限らない▲明日はよくなるさ、と皆が復興の坂道をひたすら登ったのが戦後の昭和だとすれば、平成はどんな言葉で語られるのだろう。ちょうど1年後、来年の4月末日に天皇陛下が退位し、平成が終わる▲好況の頂に立ったのち、日本は不況の坂を転げ落ちた。インターネットやケータイの登場で人々の生活は変わった。すさまじい天災と事件があった。この時代のあれもこれも、いつかは昔語りになる▲平成を照らす日が西へ西へと傾いていく。人それぞれ、下り坂だけではなかったはずの平成の世を、折に触れては指でなぞることだろう。(徹)

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