4241日ぶり白星の中日・松坂大輔 勝利を呼び込んだ百戦錬磨の勝負勘

今季初白星を挙げ、お立ち台に上がった中日・松坂大輔【写真:荒川祐史】

5回2死満塁で宮崎を打席に迎え「最悪押し出しでもいい」

 およそ12年ぶり。実に4241日の歳月を経ての白星だった。30日、ナゴヤドームで行われたDeNA戦。今季最多の3万6606人がスタンドを埋めた本拠地で、中日の松坂大輔投手がついに復活の白星をあげた。右肩の故障に苦しんだ。ソフトバンクに在籍した3年間で1試合しか1軍で投げられなかった。苦闘の日々を“投げたい”一心で乗り越え、ようやく復活の1勝を挙げた。

 6回を投げて、与えた四死球は実に8個。普通なら大崩れしてもおかしくはない内容だった。それでも、与えた失点はわずかに1。3安打に抑えて勝利投手となったのは、これまで数々の修羅場を経験してきた松坂大輔だからこそ持ちうる“勝負師”としての力だっただろう。試合後、松坂が語った言葉の数々に、率直に驚かされた。

 白星へと導いた場面がある。この日、唯一の失点を喫した5回である。ここでの思考が、松坂を、そして中日を勝利に導いた。

 この回、先頭の戸柱恭孝の打球は二塁への内野安打となった。続く神里和毅は中飛に打ち取ったが、続く大和、そして横浜高校の後輩である筒香嘉智に連続四球を与えた。1死満塁の大ピンチ。4番のロペスはカットボールで三ゴロに打ち取って2死となったが、満塁のピンチであることには変わりがなかった。

 続く打者は2回に中前安打、そして4回に右前安打と、この日許していた3安打のうち2安打を浴びていた宮崎敏郎だった。結果を言えば、ストレートの四球を与えて押し出しとなり、1点を与えた。ただ、この押し出し四球が、松坂にとってはある意味想定内、狙い通りだったというのだ。

「彼のところで打ち取れればいいですけど、最悪押し出しでもいいかな、とは頭にありました。甘くいって長打を打たれるよりは、押し出しで1点をあげてもいいかな、というのはありました」。状況はチームが3点のリード。投手として1番やってはいけないのは、長打を浴びて一打で同点、逆転を許すこと。この日の対戦を考えても、無理に勝負にいくべき相手ではないと、松坂は考えていた。

 普通に考えれば、抑えにかかり、押し出しを与えてガックリと気落ちしそうなもの。スタンドからは大きな溜め息が漏れたが、その中で松坂だけは、この押し出しを何とも思っていなかった。冷静に状況を見極め、切り替えもスンナリいった。続く梶谷を抑えること。それだけに気持ちは向いた。

押し出し四球を与えた直後、梶谷に初球を打たせて一ゴロに

 続く梶谷への攻め方も圧巻だった。「勝負は早いと思ったので、チェンジアップでしたけど、1球で仕留めるつもりで投げました」。四球の後の初球を狙うのは打者の定石。四球を与えた後の投手はストライクを欲しがる傾向にあるから、だ。だが、これも松坂は冷静に見極め、打ち気になる打者の心理を逆手に取った。

 初球。選んだのは、打ち気を誘うようなチェンジアップだった。おそらくストライクを取りに来る真っ直ぐを狙っていたのであろう。梶谷は泳がされ体勢を崩された状態で、外角低めへのチェンジアップを打った。次の瞬間、ボテボテの力無い打球が一塁へと転がっていた。松坂がDeNA打線との勝負、駆け引きに勝った瞬間だった。

 甲子園春夏連覇、甲子園決勝でのノーヒットノーランにはじまり、ルーキーでの最多勝獲得やWBC2大会連続MVP、レッドソックスでのワールドシリーズ制覇と、数々の大舞台、修羅場を経験してきた松坂。その投手としての経験値というべきか、技術というべきか…。こう考えられることが、そして、ここ一番でその通りに投げられることが、投手としての重要な力であり、それがあるから勝てるのだろう。日米通算165個の白星を積み上げてきた力の真髄なのだろう。

 試合後、森繁和監督も脱帽した。「四球で押し出しで1点よりも、打たれて2点、3点のほうが嫌だって、そういうことを考えられる選手が他にいるのかなって。ヤツらしいな、と思います」。こう語る指揮官の表情には、少しだけ笑みがこぼれた。

 松坂の初勝利に本拠地は大いに沸いた。敗れたベイスターズのファンでさえも、祝福の声をあげた。球団の垣根を超えて、これほど応援される選手も珍しい。6回3安打8四死球1失点。内容としては、素直に褒めらる出来ではなかったが、松坂大輔が松坂大輔であるワケを存分に感じさせられる114球だった。

(Full-Count編集部)

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