「サッカーコラム」FC東京が身に付けた「ボールの本気狩り」 攻撃的守備がもたらすJ1最多のゴール数

FC東京―名古屋 後半、3点目のゴールを決め永井(右)とタッチを交わすFC東京・ディエゴオリベイラ。左は室屋=味スタ

 好調なときは、何をやってもうまくゆく。そのことを証明するようなシーンだった。

 それは後半開始直後。ホイッスルから1分も経過していなかった。J1のFC東京が名古屋の守備ラインに繰り返しプレッシャーをかける。名古屋のCB櫛引一紀は劣勢の局面を変えるために、クリアを選択した。しかし、スペースがなかった。櫛引のキックの前に立ちはだかったのは、FC東京のMF高萩洋次郎。ボールはブロックに入ったその右足に当たり、左サイドのスペースにはじき返された。まるで、絶妙なタイミングで出されたスルーパスのようだった。

 櫛引がキックモーションに入った瞬間に、名古屋守備陣の意識は「前」へ傾いた。ラインを上げるためだ。そのことが、FC東京の美しいカウンターにつながった。しかも、左サイドに残っていたのは、フォアチェックの“一の矢”を放って居残っていたFW永井謙佑。スピードに関しては、誰もがワールドクラスと認めるいだてんだ。彼に自由なスペースを与えたら誰も追いつけない。「ニアが空くのを待ちながらドリブルで運んだ」と冷静に判断できるほど十分な時間を持った永井が放ったクロスを、FWのディエゴオリベイラが右足のワンタッチでシュート。3―1と2点差をつける追加点を挙げたFC東京が試合の主導権を握った。

 25日の第10節で今季無敗だった首位・広島を3―1で下していたFC東京。この勝利を価値あるものとするためには、28日の第11節名古屋戦は是が非でも勝ち点3がほしい試合だった。2位を走るFC東京の立場としては、勝つことで広島にプレッシャーをかけ続けるしかなかった。だからこそ、長谷川健太監督も「この試合に勝たないと前回の勝利の意味合いが薄まる」という声をかけて選手たちを送り出した。

 結果は3―2。1点差ではあったが、試合内容を見ると危なげのない勝利だった。

 東京という土地柄がそうなのか、クラブの雰囲気が緩いのか。昨シーズンまでのFC東京は、勝負に対する執念がとても希薄に見えた。前の所属チームでファイターとして鳴らした選手が、移籍してわずか数カ月で悪い意味で「スマート」な選手になってしまう。具体的には、いわゆる守ったふりの“アリバイ・プレス”を身につけて、守備の時に戦わなくなるというのが目立った。

 他クラブと比べても、選手の粒はそろっている。その選手たちの意識が、タイトル獲得の実績を持つ新たな指揮官を得たことで180度転換した。長谷川監督が押し出す「ファストブレイク」というテーマ。従来のカウンターアタックではなく、あえてバスケットボール用語を使って表現した、ボールを奪ってからの速い攻め。名古屋戦の3点目は「ボールの本気狩り」を実践したなかで生まれた理想を具現するゴールだった。

 起用法を明確にされたことで、一皮むけたのがこの試合の2点目を決めた永井だ。ここ数年、サイドで起用されることが多かったが、クロスの精度は決して褒められたものではなかった。そして、アタッカーにもかかわらず、昨季はリーグ戦でわずかに1得点。爆発的なスピードという武器を持て余していたきらいがあった。ところが、FWで起用された今季は、ディエゴオリベイラという相性の良いパートナーを得たこともあって見違えるようなプレーを見せている。

 ここまでFC東京はリーグ最多の19得点を挙げている。そのうち、この2トップで13点(ディエゴオリベイラ9点、永井4点)を決めている。昨シーズンは柏でプレーしたディエゴオリベイラは、交代出場が多かったとはいえ5ゴールしか決めていなかった。それを考えれば、長谷川監督がFC東京で見つけ出したこの2トップの組み合わせが、いかに見事な相乗効果を生み出しているのかがわかる。

 2012年のロンドン五輪で、世界を驚かせた前線からの守備力。想像以上のスピードでプレッシャーをかけてくる永井の圧迫感は、スペイン代表の名GKダビド・デヘア(マンチェスター・ユナイテッド)でさえおびえたほどだ。加えて、同じくスピードを持ち味とするディエゴオリベイラも献身的に守備をする。勝利にも「私たちは一生懸命走って、気持ちのあるプレーをやっている。その結果が出た」と真面目に語るブラジル人。この2人の前線からの守備力は、間違いなくリーグ最高レベルだろう。

 適材適所。やらなければいけない作業をシンプルにする。永井という決して器用ではない選手に難しいことはさせない。そして世界有数のスピードを直截(ちょくせつ)的に相手ゴールに向かわせた。

 「純粋に前への推進力が去年とは違う。僕も危険なゾーンに入っていると思いますし」

 永井がそう語るFC東京のサッカーは、シンプルだがかなり破壊力がある。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続。

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