第13回:BCM業務の引継ぎはマイナーな問題だけど…(適用事例7) 重要性や切迫性をうまく伝えましょう

BCMは引き継ぎにくい?ポイントを押さえましょう(出典:写真AC)

■人事異動は想定外!?

人事異動は会社の宿命です。せっかく今の業務に慣れ親しんできたなあと思った矢先、「〇〇さん、あなた△△部門への異動が決まりました。まあがんばってください」と上司に言われる。こんな時、もしあなたがいまの業務や人間関係に満足していないなら新しい希望が見えてきたように思うかもしれませんが、多くの場合、異動を不安材料ととらえるでしょう。身に付けた知識も経験も、仲間も変わってしまうのですから。

ここ数年、総務の仕事を任されてきたK子さんの場合も、これは例外ではありませんでした。彼女が担当していた業務の一つにBCM(事業継続管理)があります。一から勉強を始め、何度かセミナーにも参加するなどして事業継続管理の知識と経験を積み重ねてきました。

ところが先日上司に呼ばれて転勤の話が持ちあがりました。今度の部署は、自宅からこれまでとほぼ同じ時間内で通えるとは言え、方角的には逆方向にある施設です。仕事の中身も自分にとってはまったく新しいもので、期待と不安が入り混じるとはまさにこのことでしょう。

転勤の日取りが決まれば、あとは現行の業務の引継ぎスケジュールを組んで、上司と相談しながら誰に割り振るかを決めるわけですが、彼女としては、自分の新規赴任先に対する不安のみならず、この事業継続管理という、変則的な業務を所定の期間内に引き継がなければならないことを考えると、少し気が重くなってくるのでした。

■まずはBCM業務一覧と用語リストを作ること

どの会社でも見られる一般的な業務なら、話はカンタンです。新しい担当者に対し、前もってネットやノウハウ本で予備知識を蓄え、ある程度のイメージを持って臨むようアドバイスすることもできます。昔から繰り返し引き継がれてきた歴史ある業務ならば、すでに信頼に足る業務マニュアルが社内に完備されているでしょうから、それを元に引継ぎ作業を進めることもできます。

ところが事業継続管理となるとそうはいきません。まずは「BCMとは何か?」から説明を始めなければならない。引継ぎ資料の中身を説明するにしても、いろいろ困難が伴います。例えば財務関係の書類には貸借対照表や損益計算書といった世間一般に通用する名称が与えられています。共通認識ができているわけです。しかしBCMの書類となるとなじみのないものばかりで、後任者はともすれば気おくれしてしまうでしょう。このように、いろいろと難儀なことが予想されるので、几帳面な性格のK子さんとしては、まずこのあたりの問題から取り組まざるを得ません。

まず彼女が手をつけたのは、すべてのBCM関係書類をリストアップしてそれぞれの名称を整理統合し、簡単な用語リストを作ることです。そしてBCM業務の一覧ができたところで、各業務に重要度や優先度を割り振って、どの業務が先でどれが後回しでよいかメリハリがつければ、後任者も楽に取り組めるに違いないと考えました。例えばBCP文書の改訂・更新と訓練はA、定期的な見直しはB…といった具合です。しかしどのような基準で重みづけを行えばよいかが、はっきりしません。どれも同じように重要であると見なせるし、逆に日常業務のプライオリティを考えると、BCM業務全般を後回しにしても問題なさそうに見えます。

■業務が滞ると、どこにどんな影響が…?

会社の業務は、ある意味、その必然性と切迫性に基づいて重要度や優先度が決まります。BCMなどは、災害でも起こらない限り、普段はまず有用なものとはみなされません。したがって事業継続管理が形骸化しないように継続的に維持していくためには、その業務が必然性の高いものである「理由」を後任の担当者にきちんと伝えることが大切です。K子さんはこの点について上司に相談してみました。すると上司は次のようなアドバイスをくれたのです。

「以前読んだBCMの本に、興味深い方法が書いてあったのを覚えているよ。ビジネスインパクト分析と呼ぶらしい。災害が起こって業務が止まる。その状態が続くと、どこにどんな影響が出るのかを時間の経過に沿って推理する方法だ。これをBCM業務の引継ぎ説明に応用してみてはどうだろう?」。

なるほど!とK子さんも思いました。いくら文字で業務の重要性を説いても、人は必然性や切迫性がなければピンときません。待ったなしの日常業務が山ほど控えていればなおさらのことです。彼女は早速上司とともにホワイトボードを使って、BCM各業務のビジネスインパクト分析を試みました。

進行役は上司です。「まずはBCP文書の改訂・更新業務について。もしタイムリーな改訂を怠ったらどうなる? 怠った期間を1週間、1カ月、3か月として考えてみよう」。

K子さんは答えます。「災害はいつ起こるか分かりません。たとえわずかな期間であっても、その間に大地震でも起こって、BCP文書が最新の内容になっていないために意思決定や指揮命令に間違いが生じたら、BCM管理者の責任が問われかねません。やはり改訂依頼があれば、できるだけ早めに対処するのが正しいと思います」。

■とりあえずこれで様子を見ましょう

このような流れで、BCMの業務ひとつひとつについて、各業務がどの程度の緊急性や切迫性のあるものなのか、その"理由"をホワイトボードに書き出していきました。最後に記号や番号で優先順位付けされたBCM業務の一覧に備考欄を設け、そこに各々の"理由"を追加して完成です。

こうして、K子さんが最も気になっていた「後任者にBCM業務の重要性がうまく伝わるか、きちんと引き継げるか」という心配はひとまず払しょくされました。また、中身がややこしい業務については、少し時間をかけて業務マニュアルを整備することも彼女は忘れませんでした。

あとは後任者が決定したら、この業務一覧表とマニュアルをもとに実際に引継ぎを実行するのみです。このやり方が万全かどうかはK子さんにも上司にも分かりません。実際に実行してみて何か問題があれば、後任者が中心となって、少しずつ引継ぎ手順と段取りに工夫を加えていくつもりです。
 
今回の内容は、明確なPDCAの枠組みに沿ったものではありませんでしたが、後任者がその後、BCM業務を形骸化させずにうまく維持しているかどうかを評価(=Check)する手順までを組み込めば、これもまたPDCAの一つとみなすことができます。それと、今回は「ビジネスインパクト分析」の応用についても触れました。この分析方法はBCPの策定のみならず、日常業務のプライオリティを意識する際にも有用なツールです。みなさんの会社でも、機会を見つけていろいろと試してみてください。

(了)

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