医療倫理

 宗教上の理由から輸血を拒否する患者が病院に運ばれてきたとき、医療従事者は救命と本人の信仰のどちらを優先すべきか。その患者が大人ではなく子どもだったらどうするか▲医療倫理を考える事例として、先日大学院の特別講義で聞いた話の一つだ。医療倫理とは医療従事者が守る道徳のこと。何が正しいかは、置かれた立場や状況によって変わることがある。場合によってはそれが個人の人生を左右する▲1948年に施行された旧優生保護法の下で、多くの障害者らが不妊手術を受けさせられた。「不良な子孫の出生防止」という優生思想に基づいた法律。医師が必要と判断すれば、本人の同意がなくても体にメスが入った▲当時は合法。抵抗なく淡々と審査をしたという医師の証言がある。携わった医療従事者には医療倫理に反しているという意識はなかったかもしれない▲だが、障害者の人権を巡る意識の高まりとともに、この法律がはらむ非人道性を指摘する人が次第に増えていった。96年、議員提案で母体保護法に改定される▲その当事者が今、「子どもをつくる能力を奪われた」と国に賠償を求めて立ち上がっている。旧法改定から20年過ぎてようやく届くようになった声だ。医療倫理を考える事例としては、あまりにも痛ましい話だと思わされる。(泉)

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