大佛次郎記念館40年「鞍馬天狗」とどまらず 新たな切り口 多彩な顔知る場に

 港の見える丘公園(横浜市中区)の隣に、緑に囲まれた瀟洒(しょうしゃ)な洋館がある。横浜生まれの作家・大佛(おさらぎ)次郎(1897~1973年)の功績をたたえる「大佛次郎記念館」だ。遺族から直筆原稿などの遺品や蔵書の寄贈を受けたことをきっかけに78年に開館し、今年で開館40年。国民的な人気を集めた「鞍馬(くらま)天狗(てんぐ)」、史伝「天皇の世紀」にとどまらない、大佛の多彩な顔に会える場所になっている。

 大佛は現在の同区英町生まれ。旧制一高在学中に寮生活のルポを出版し、75歳で死去するまで50年以上にわたり書き続けた。大衆文学からノンフィクション、児童文学、歌舞伎の台本など手掛けた作品は幅広い。神奈川新聞紙上でも、58年から72年まで随筆「ちいさい隅」を連載した。

 その中でも、代表作として挙がるのは、やはり鞍馬天狗。根強い人気を誇る一方、「大佛といえば鞍馬天狗でしょ、という人が多いのも事実。読まなくても知っているからと思う人もいて、大佛作品が手に取られにくくなっている」と同館の担当者・大房奈央子さんは残念がる。鞍馬天狗だけではない、「大佛の人となりに触れてもらうことが記念館の役割」(大房さん)として、近年は新たな切り口の取り組みも増やしている。

 例えば、大佛とフランスの関係に焦点を当てた企画だ。大佛は仏文学や歴史への造詣が深く、代表作の一つ「パリ燃ゆ」の題材でもあるパリコミューンをはじめ、フランス関連の資料を数多く所蔵していた。

 19世紀末から20世紀初頭にかけて画家・ルポルタージュの素描家として活躍したポール・ルヌアールの作品は、約300点を収集。国内屈指の貴重なコレクションだ。2016年には、ルヌアールの作品をメインに2人が時代と市井の人々にどんな視線を向けていたかをテーマにした展示を行った。

 このほか、大佛が好きだった猫を主役にしたイベントなども開いている。収蔵する資料は約7万点。同館研究室の金城瑠以さんは「ほとんど展示したことのない資料もある」と話す。同じテーマを取り上げたとしても、異なる見せ方ができることも強みだという。

 建物の魅力も広く打ち出し始めた。

 記念館は、大佛と親しかった元横浜市長の飛鳥田一雄が設立を主導。建物はかつての自宅などではなく、横浜開港資料館も手掛けた建築家の浦辺鎮太郎によるものだ。

 フランス国旗をイメージし、内装には青いステンドグラスと白い大理石、外の壁には赤いれんがタイルを使用。1階の床には、フランスの象徴でもあるニワトリなどがモザイク画で描かれている。天井にある7カ所の照明には、大佛が集めた猫の小さな像が、英国の美術評論家ジョン・ラスキンの著作「建築の七灯」をなぞらえてあしらわれている。建物の研究は、今後さらに進める予定だという。

 現在の来館者は、作品を懐かしむ60代以上の人が中心。だが、入館者数の増加など少しずつ変化の兆しが出てきた。大房さんは「大佛を知らない人も含め、いろいろな人に来館してほしい」と呼び掛ける。

 大佛作品の資料や、横山隆一らが手掛けたゆかりの品などを紹介する展示「大佛次郎記念館の40年」が7月8日まで開かれている。また、毎月第3土曜日午後2時から、建物の解説を聞きながら館内を回る「ミニ・トーク」も行っている。月曜休館、入館料200円。問い合わせは、同館電話045(622)5002。

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