挫折の「子」

 人生の妙味を作家の山口瞳さんが書いている。〈「勉強すれば上達する」ということよりも「いくら勉強しても上手にならない人もいる」ということのほうが、遙(はる)かに勇気をあたえてくれる〉▲努力して成功を収めた、という話は励みになり、お手本になる。逆に、努力してうまくいかないこともあるもんさ、というつぶやきは時として、焦らず、息を詰めずに生きるための「おまじない」にもなる▲失礼と承知しながら、筆者はこの方がつまずいた話を、わが身を慰めるおまじないにしてきた。6年前、ノーベル生理学・医学賞を受けた山中伸弥教授である▲その昔、整形外科医を志したが、うまい人なら20分でやれる手術に2時間かかった。先輩からは足手まといの「ジャマナカ」と呼ばれた。逃げ出すように研究の道に進んだ結果、人工多能性幹細胞(iPS細胞)が人類の未来にもたらされる。挫折から生まれた宝物だろう▲そのiPS細胞からつくった細胞を、重い心臓病の患者に移植する再生医療が、国に条件付きで認められた。心臓病に対しては世界初となるらしい▲日本中に重い心臓病を抱える人は幾万人といる。iPS細胞という「子」が再生医療の裾野を広げ、大きく育ちますよう、と願うのは生みの親に限るまい。世界中の無数の人の願いだろう。(徹)

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