世界に響くバチカンの歌、少年合唱団を邦人女性指導 法王の下、平和願いツアー

システィーナ礼拝堂合唱団の付属学校で授業をする富永正子さん(左端)=4月(共同)

 最小の独立国バチカンには、元首のローマ法王の下で活動する少年合唱団がある。世界的には知る人ぞ知る存在だが、平和への願いを込めて各国の教会などを飛び回るコンサートツアーも敢行。歌の指導をする音楽家の1人は日本人女性で、少年らは聖なる声を響かせるため、厳しい練習に日々取り組んでいる。 (共同通信ローマ支局=津村一史)

 ▽宮殿の学校

 「マエストラ・マサコ(まさこ先生)」。法王の合唱団とも言われ、前身も含めると約1500年の歴史を誇る「システィーナ礼拝堂合唱団」に所属する生徒たちから、親しみを込めてこう呼ばれるのは声楽・ピアノ教諭の富永正子さん(52)だ。

 大阪府茨木市出身の富永さんは、1990年にイタリアに渡り、ローマの名門サンタ・チェチーリア音楽院の声楽科を次席で卒業。欧州でオペラ歌手として活動し、同合唱団が指導者を探していた2006年に教員に採用された。

 「もっと集中しなさい」「姿勢を正して!」―。バチカンが運営する合唱団の付属学校は、中世に宮殿として使われていたローマ中心部に立つ建物の中にある。富永さんが厳しい表情で授業を開始すると、子どもたちは緊張した面持ちで発声やラテン語の歌の練習を繰り返した。

 富永さんが担当するのは、まだあどけなさも残る、合唱団の正式メンバーとして活動する前の子どもたちだ。

付属学校に通うムレ君(右)にもらった絵を持つ富永正子さん=4月(共同)

 授業が終わり、張り詰めた空気から一転してにぎやかになった教室で、生徒の1人マンフレーディ・ムレ君(9)が笑顔を見せ、富永さんを「優しくて愉快な先生」と評した。春先に富永さんが体調を崩した際は心配し、「早くよくなって」と絵を描いてプレゼントしたという。今年秋から開始する予定の合唱団の活動について「とても楽しみ。海外ツアーにも行けたらうれしい」と話した。

 ▽芸能人さながら

 合唱団はイタリア人を中心とする9歳から13歳の約30人に、大人のプロ歌手を加えた計約50人で構成される。法王がバチカンで執り行う宗教行事で聖歌を歌うのが主な役目だが、国外ツアーも展開し、欧州や米国、ロシア、カナダ、韓国などのほか、札幌や仙台、鹿児島など日本の8都市で公演したこともある。

 毎年600人以上にも上る入団希望者のうち、厳格なオーディションで選ばれ付属学校への入学を許されるのは10人前後。連日数時間に及ぶレッスンを受け、CDリリースのためのレコーディングも行う生活はまるで芸能人のようだ。一方、付属学校では算数や地理、歴史など通常の小中学校と変わらない学科の授業も行われ、少年たちが合唱団を〝卒業〟した後も、普通の学生生活にスムーズに戻れるよう配慮されている。 

システィーナ礼拝堂で歌う合唱団の少年たち=2017年(共同)

 ▽二人三脚

 少年合唱団を20年にわたって指導する指揮者のパバン神父(55)は「音楽を通し、法王の平和への思いを世界中に広めるのがわれわれの任務だ」と強調。自ら採用し、二人三脚で子どもたちを育成してきた富永さんを「優秀な歌手であり、音楽の知識も豊富な素晴らしい教師だ」とその指導ぶりを高く評価する。

 傍らで「私のことはいいので」と恥ずかしそうに笑い、富永さんは生徒らに温かいまなざしを向けた。「移動中に騒いだりしているのを見ると『あんたら、サルかいな』って感じだけれど、うちの子たちの歌唱力は世界でもトップクラス。信じられないぐらいお稽古を頑張っている彼らのことを、もっともっと皆さんに知ってほしい」 

  ■「少年合唱団」とは

 「天使の歌声」と呼ばれるウィーン少年合唱団が世界的に有名。ローマ法王直属のシスティーナ礼拝堂合唱団は当初、成人男性だけで構成されていたが、1902年ごろに子どもたちがメンバーに加わった。法王の宗教行事における少年合唱の起源は、第64代グレゴリウス1世の時代の6世紀までさかのぼるとされる。システィーナ礼拝堂合唱団の少年部門は、声変わりをしていない13歳以下のメンバーで構成され、単独の合唱団として公演を行うこともある。

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