大学1年の春。先輩に人材がいなかったこともあり、攻撃の右エンド(RE)のレギュラーポジションを与えられた。
4年生の主将、副将と一緒に監督と風呂に入った。監督から突然「歌を歌ってみろ」と言われた。あれこれ考えている時間はない。思いついた曲を大声で歌う。
腕組みをして湯船につかりじっと聞いていた監督が、カッと目を見開いてこう言った。「お前、暗いな」。翌日から、明るい歌を練習する。
春のオープン戦。ダイビングキャッチをした際に肩から落ち、右の鎖骨を折った。合宿所での夕食。監督の隣で、カルシウムの粉末をたっぷりまぶした丼飯を3杯食べ終わるまで、席を立つことを許されなかった。
監督が運転する車の助手席に座る。車内でNHK鈴木健二アナウンサー(当時)の講演テープを聞く。ありきたりな感想を述べると怒られた。
硬軟織り交ぜた「コミュニケーションの達人」。日大アメリカンフットボール部の故篠竹幹夫元監督は、そういう人だった。
驚くような達筆で、ロマンチックな詩を書き、自ら曲をつける。シャンソンをロシア語で歌う。
多面性を持った「鬼監督」は、二十歳前後の学生にとっては理想の男性像を地でいく人だった。心に響く名言は数知れない。すごく怖くて優しい「おやじ」は、憧れの存在だった。
「危険タックル問題」で、21度の甲子園ボウル優勝を誇る名門「フェニックス」が存亡の危機に陥っている。そんな中、心あるOBが遅ればせながら立ち上がった。
カリスマ監督が生涯をかけて愛したチーム、そして何より大事な現役の学生を守るために。 (47NEWS編集部=宍戸博昭)