“長谷部ロール”とロングフィードの重要性とは?~バニーズの「現実」から読み解く

日本代表のハリルホジッチ前監督が解任され、西野朗新指揮官が就任した。田嶋会長は「日本らしいサッカー」を強調し、ガーナ戦ではよりパス回しをしようという意思が見られた。

再び、ポゼッションかカウンターか…という議論が高まる中、なでしこリーグ2部では「現代的なパスサッカー」を標榜した2チームが直接対決していた。バニーズ京都SCと、ASハリマアルビオンだ。

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その試合はどのような展開になり、なにが勝負を分けたのか?コラムニストのhirobrown氏が読み解く。

試行錯誤が続くバニーズ、現実を見据え始めたハリマ

今季から『プレナスなでしこリーグ2部』に昇格してきたバニーズ京都SC。

敵地で迎えた開幕戦でちふれASエルフェン埼玉を撃破した。しかし、昨季なでしこリーグ1部を戦っていたチームを相手に金星をあげて以降、勝利から見放されている。

ここまで7試合で1勝2分4敗の勝点5。10チーム中9位に沈んでいる。前節・最下位の岡山湯郷Belle相手に敵地でスコアレスドローを演じたことで、最下位転落と3連敗を止めたものの、これで無得点が4試合続いた。特に7試合消化した時点でFW陣に1つもゴールがないのが危惧される。

バニーズを率いる千本哲也監督もその点は十分に心得ているはずで、自慢だったはずの快速3トップのポジションをアレンジしたり、先発からも外す試行錯誤を始めている。

この日は、前節ベンチスタートだったFW佐藤莉奈が1トップ気味で先発復帰した。逆に西川樹と吉田早紀がベンチスタートとなり、前節に続いてチーム最古参のFW花﨑玲奈が先発。右ウイングには初スタメンの仙石來夢が抜擢された。

なお、試合開始前には前節なでしこリーグ通算100試合出場を達成したDF酒井望(上記写真)に花束が渡されるセレモニーも。

「100試合目が岡山湯郷Belle、今日がASハリマアルビオンと、自分が所属していたチームを相手に節目を迎えられることに感謝しています。サッカーを続けられている喜びを両チームのファン・サポーターに見てもらうために全力でプレーします!勝つのはこっちですけどね(笑)」

と酒井望はキックオフ前の会場を盛り上げた。

相手となったASハリマアルビオンは現在8位。昨季までの主力DFが引退を含めて全員退団したピンチをキッカケとして、今季はカウンター主体のサッカーからポゼッションへの転換を図っている。改革真最中のチームだ。

昨年途中まで日本代表に定着していたMF千葉園子を筆頭に、葛馬史奈や内田美鈴という個人で局面を打開できるアタッカーが揃う中、ポゼッションとカウンターという「理想」と「現実」の狭間で揺れながらも奮闘している。

両者がポゼッション志向なのに、鍵は「ロングフィード」だった

試合は両チームがパスを繋ぐ意識が強すぎたのか?思ったような結果が得られていない両チームは重心が低くなり、前半はゴールへ向かうプレーが少なく迫力を欠く展開が続いていた。

ただ、バニーズは不動の先発メンバーを弄って来た影響で、野間文美加と仙石が入る右サイドのエリアのポジショニングが不安定になっており、対面するハリマの左サイドMF葛馬がそこを突いた。

独特のリズムを刻むドリブルで仕掛けたり、逆サイドからのサイドチェンジのパスを受けてフィニッシュに持ち込む。そんな場面を、時間の経過と共に量産し始めた。

今季からポゼッションサッカーにトライしていながら、カウンター主体の攻撃が多いハリマ。

それでも、「昨年と違って攻撃の厚みがある」(DF武田裕季 談)ため、カウンター1つとっても違う。1人がドリブルで数十mを駆け上がる単発なものではなく、人数をかけてテンポよく縦方向に推進力を出したパスを繋げていく。連動性があるのだ。

また、ハリマは確かにロングボールを使うことも多いが、それが昨年までの単なる放り込みや“縦ポン”に終わらないのは、右の須永愛海と左の岡倉海香という今季から新加入している技術力の高い両サイドバックの存在が大きい。

そして、昨年はボランチでコンビを組んでいた小池快(今節は負傷欠場)と武田の2人がセンターバックでコンビを組んでいることも含めて、4バック全員がプレー構築に関わりながらロングフィードを繰り出すことができるからだ。

それは、自ら「ロングフィードが武器」と言う、なでしこジャパンにも選出されていたDF石井咲希をはじめとするバニーズのDF陣にも言えること。ポゼッションサッカーを志向する両チームが、アクセントとしてロングフィードを如何に効果的に活用できるか…という点が勝敗のポイントとなりそうだった。

しかし、バニーズは開幕戦以降勝利から見放されていた。そのために自信を失っていたのだろうか?

直近の試合では、自陣内でのパス回しから相手にボールを奪われて失点につながるピンチを迎える場面が目立った。この日はそれが見られない一方で、危険な場面ではセーフティに大きく“蹴って”しまうため、“分断”を感じることが多かった。

だからこそ、前半終了間際にMF松田望のロングフィードから、FW佐藤が完全に抜け出してGKと1対1になったシーンは決めておきたかったところ。

ハリマのGK切畑琴乃のビッグセーブに阻まれ、こぼれ球を仙石が狙っても相手DFのブロックに遭い、得点ならず。スコアレスで前半を折り返した。

「現場の意見を尊重」したことが、采配を的中させた!

両チーム選手交代なしでスタートした後半。ハリマ側は完全にカウンター戦略に出ていた。

それは、「今日のグラウンド状態はパスを回せそうか?」という田渕径二監督からの問いかけに対して、「回せない」と返答した選手達の意見を汲み取った結果だった。

そして、後半開始早々の47分、中盤でボールを奪ってハーフカウンターを発動。千葉から前線右サイドのスペースに流れたFW新堀華波に好パスが配給される。

新堀はバニーズDF陣を引き連れ、逆サイドから中央へ走り込んだ葛馬へラストパス。GKと1対1になった葛馬が冷静に流し込んでハリマが先制に成功する。

このアシストを含め、高卒新人ながらカップ戦を経てレギュラーに定着しつつある新堀の存在感は大きかった。

その後、先制されたホームのバニーズは55分という早い時間帯に吉田、西川という従来の主力FWを2枚同時に投入。この交代策により形成を逆転したバニーズだったが、ニアサイドでクロスに合わせたMF松田のシュートがわずかに枠に嫌われるなど得点ならず。

守勢に回ったハリマも、バニーズの出方に対応。ブロックの構築を最優先しつつ、この日は中盤で守備の仕事が多かった千葉を前線に繰り上げ、そのキープ力と得点力に期待したシンプルな戦略にシフト。そして、これが即座に奏功する。

68分、左サイドのスペースに出されたロングボールに反応したハリマのFW内田が粘ってファーサイドへクロス。これを前線に繰り上がった千葉がヘッドで押し込んでハリマが貴重な追加点を奪う。バニーズは相手の布陣変更に対応しきれず、得点者の千葉に対して寄せきれていなかった。

その後、前掛かりになるバニーズに対して、千葉を中心にカウンターからフィニッシュに持ち込むハリマ。

「今日はリアリストになって勝ちを最優先した」という田渕監督の采配が的中した試合は、0-2という結果でハリマが快勝した。今季3勝目を挙げて6位に浮上し、1部9位チームとの入替戦となる2位・愛媛FCレディースとは勝点は5差。何とか昇格争いに食い込んでいける位置に入った。

バニーズ復活の鍵は、“長谷部ロール”にあり!?

逆に苦戦が続くバニーズ。これで開幕戦の勝利以来、7戦未勝利となった。直近5試合で1分4敗、しかも5試合連続の無得点は深刻な状況に見えてくる。

ただ、ここ2試合は固定され過ぎていた主力に替わって多くの選手がプレーできた。それによって様々なことが整理されるだろう。

この試合の途中からは、従来の3トップが揃ったことで攻撃に迫力が出た。徐々に試している3バックに関しては、新加入のDF野間に適性があることがわかった。

原点回帰は逆行に見えたとしても、試行錯誤した経験が知らず知らずの成長を促していたりもする。

今後大きなポイントになりそうなのは、低迷するチームの中で唯一とも言えるほど安定しているセンターバックのベテラン・山本(背番号6)の起用法。

2年前のシーズンでは<4-3-3>のアンカーを務めており、昨季からは再びセンターバックで起用されている。しかし、昨季2部昇格を勝ち取った際のアンカー・澤田由佳が伊賀フットボールクラブくノ一へ移籍したことで、「アンカー・山本」は、オプションとして部分的に復活している。

そのうえで3バックも試しているため、今後は男子の日本代表主将MF長谷部誠が所属クラブのアイントラハト・フランクフルトで任されている“長谷部ロール”なる役割を山本に託しても面白いのではないか?

フランクフルトでの長谷部は対戦相手や試合展開によって監督との対話を重ねながら、3バックの中央と4バック時のボランチを行き来し、自身のポジショニングによってチームが3バックと4バックを併用できるような役割を担っている。

それはヴァヒッド・ハリルホジッチ前監督を電撃解任した、西野朗監督体制の現・日本代表でも採用する意向があり、バニーズと千本監督、山本にとっても他人事ではなく、一考する価値がありそうに思える。

実際、3バックの指示を出しても、山本は中盤の守備が気になってアンカーのような役割を自然とこなすプレーを部分的に見せている場面はよくある。

昨年の千本監督は、相手に押し込まれても「僕が指示を出そうとした時、アンカーの澤田が指しているスペースや指示をしている相手を見ていると、『僕と一緒なのだろう』と思って任せていました」と話していた。選手達の自主性を尊重したサッカーがベースになっていたのだ。

それが2部に昇格して格上のリーグになったこと、澤田が移籍したことなどもあって、明らかに試合中に指示を出す回数が増えているように見える。試合後に話を聞くと千本監督と澤田が同じような考えを言葉にする…そんな昨年が懐かしく思えるほどに。

日本代表が採用したことで一層注目を集めている3バックシステム。壁にぶち当たっているチームにとって、大きな打開策になる可能性を持つ一手だ。

バニーズにも“長谷部ロール”ならぬ、“山本ロール”の導入が、「選手達の自主性を尊重するサッカー」という原点回帰に繋がり、そして「継続」と「適応」を経て、「更新」ができるのではないだろうか?

筆者名:hirobrown

創設当初からのJリーグファンで、各種媒体に寄稿するサッカーライター。好きなクラブはアーセナル。宇佐美貴史やエジル、杉田亜未など絶滅危惧種となったファンタジスタを愛する。中学・高校時代にサッカー部に所属。中学時はトレセンに選出される。その後は競技者としては離れていたが、サッカー観戦は欠かさない 。趣味の音楽は演奏も好きだが、CD500枚ほど所持するコレクターでもある。

Twitter:@hirobrownmiki

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