第15回:その対策、予算の都合で見合わせとします!(適用事例9) BCP対策の優先順位について考えましょう

BCPも業務である以上、予算内での実行が必要です(出典:写真AC)

■BCPを生かすも殺すも予算次第!?

角館カクオさんの会社は、BCPを策定してから7年が立ちます。東日本大震災が発生した2011年に社長の鶴の一声でBCP策定プロジェクトを立ち上げ、メンバー全員が明日は我が身と大地震の脅威を共有しつつ、目を血走らせてわずか3カ月で作り終えたものです。BCPが完成してからは、いわゆるBCMの運用指針にしたがって、定期的な見直しや更新などを行ってきましたし、一般的な防災レベルではありますが、教育や訓練も毎年欠かすことなく続けてきたのでした。

ところが、そこそこ順調のように見えても、内実はBCP策定に関わった誰もが見て見ぬフリをしている一つの問題があります。見て見ぬフリとは妙な表現ですが、さしあたってその問題に触れなければ触れないで、何も面倒なことは起こらないからです。しかしBCP事務局を担当するカクオさんとしては、このまま放置しておくと、なんとなく日に日に後ろめたい気持ちになっていく自分を感じるのでした。

ある日彼は、思い切ってこのことを社長に進言してみたのです。「社長、BCPのことなんですが、主要な対策のほとんどが"保留"となっています。当社のBCPはこれらの対策が導入・完了していることを前提に策定したものなので、このままでは絵に描いた餅で終わってしまうような気がします」。

社長はああ、そのことかという顔で答えました。「うん、頭の痛い問題だね。確かにこのままではいかんのだが、予算的にちょっと余裕がねえ…」。社長も心の隅では気になっていたようです。

■Planのキモは"対策保留案件"を絞り込むこと!

社長からこのように言われると、さすがにカクオさんもあまりリキんで主張するわけにはいきません。なにしろ大震災以降、カクオさんの会社は業績が十分に回復しておらず、以前に比べてBCMに充てられる予算が大幅にカットされてきているからです。かといって、この"保留案件"を放置していると、BCM自体の意義や目的まで薄れてしまうように思えるのです。

このジレンマを何とかしなければと思った彼は、いろいろと問題解決のための本を読み漁りました。その結果、現状を無理なく段階的に変えていくためにはPDCAを使ってみるのがよさそうだと悟り、さっそく着手することになりました。

まずは「Plan」の組立です。解決すべき問題は明々白々です。どうしたらお手上げ状態の"対策保留案件"のいくつか(すべてとは言いません)を無理のない予算で実現できるか、いつまでにそれを実施したらよいかということです。

このためにPlanの一環として、保留となっているBCP対策について、どの対策から実施すべきか優先順位と導入・実施時期を決めることにしました。これは危機対策本部メンバーに集まってもらい、さまざまな意見を参考にしなければなりません。カクオさんは全員に呼びかけます。

「現在、みなさんの手元にあるBCP対策のリストは予算の都合ですべて保留となっていますが、このまま放置することは好ましくありません。優先順位をつけて一つでも二つでも実現したいと思いますが、みなさんのご意見をお聞かせください…」。

■どの対策が先かは代替の有無と切迫性を勘案して決める

全員で議論を重ね、すべての対策についてスクリーニングを行い、最終候補を優先度順にホワイトボードに書き出したところ、次のようになりました。

1.電気設備の移設(すぐに実施)2.安否確認システムの導入(代替案により1年後に再度検討)3.本社ビル旧館の耐震化工事(見合わせ)
 

優先順位づけの理由は次のようなものでした。まず「電気設備の移設」。この会社のBCPで想定する災害は首都直下地震と近くを流れる江戸川の氾濫です。現在の電気設備は地下駐車場の小部屋にあります。大地震の衝撃による配管の破断や台風水害によって地下室に大量の水が流れ込めば、電気系統が壊滅的な被害を受けかねません。地上の安全な高さに移設することが急務であると判断されました。

次の「安否確認システムの導入」。このシステムは安否報告の要求と集計、確認などをすばやく行うための仕組みですが、これはSNSを通じて従業員が自主的に会社へ報告するよう周知徹底すればよいとの方向で決まりました。そして年内にSNSによる安否確認の検証を行い、期待通りの結果が出なかったら次年度に改めてシステムの導入を検討するという判断です。

最後は「本社ビル旧館の耐震化工事」。現在の旧館はオフィスではなく、主に資材や備品、事務用品の倉庫として使われています。人の出入りも多くはなく、新たに社長案件として旧館の土地建物の売却の話も浮上していることが分かったことから、耐震化工事の意義は薄れてしまいました。

■改善・再検討を見据えた「Check」と「Act」

これら3つの対策のうち、最初の2つが期限付きの実施項目となったことから、さっそく実行に移されました。すなわちPDCAの「Do」のステップです。

さて、この2つを導入した結果をカクオさんたちはどのように評価したのでしょうか。いわゆる「Check」のステップです。一つ目の電気設備は、滞りなく移設工事が進み、水害ハザードマップに照らして余裕のある高さに設置されました。本来なら実際に災害が起こるのを待って、移設した電気設備が無事だったかどうかを判定することが「Check」なのでしょうが、これではいつになったら評価できるかわかりません。よってカクオさんたちは、ひとまず工事の検収が無事に完了した時点を以て目的を達成したとみなすことにしました。

二つ目の安否確認システムに代わるSNSの活用については、インターネットとアプリの設定だけなので導入に時間はかかりませんでした。そしてこの後、一部の従業員に呼びかけてSNSによる安否確認のテストを行い、返信と集計の速さと正確さなどを評価し、「Check」の判定に持ち込みました。

早くも1年が過ぎようとしています。2つの対策が完了し、おおむね満足できる結果であったことに、対策本部メンバー全員がほっと胸をなでおろしました。最後に社長がこう付け加えました。

「どちらのBCP対策も、実際に災害が起こったときが本当の良し悪しが分かる時だ。しかしまあ、それで期待通りの結果が出なかったら、また改めてPDCAに取り込んで回してみればいい」。

「はい!社長」。カクオさんは丸い笑顔で元気よく返答しました。

(了)

 

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