首位独走の秘訣は「最古の戦術」だ!伊賀FCくノ一の“最新スタイル”とは

【2018プレナスなでしこリーグ2部第9節】

開催日:2018年6月3日(日曜)13:00 KICK OFF 観客動員: 569人

会 場: 上野運動公園競技場(三重県)

伊賀FCくノ一 3-0 ちふれASエルフェン埼玉

【得点者】下條(42分)、小川(57分、PK)、杉田(65分)

クラブ創設40年を越える名門・伊賀フットボールクラブくノ一

1976年に現在も拠点を置く三重県上野市(現・伊賀市)で「伊賀上野くノ一サッカークラブ」として創設され、今年でクラブ創設42年目を迎えている女子サッカーリーグの名門・伊賀フットボールクラブくノ一。1989年に始まった『第1回日本女子サッカーリーグ』からリーグに参戦しているオリジナルメンバーでもある。

特に精肉メーカーがスポンサーとなった、「プリマハムFCくノ一」時代(1988~1999年)には、当時の女子サッカーの最高峰リーグ『Lリーグ』で2度のリーグ優勝も飾った強豪クラブだった。

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2000年に現在の名称「伊賀フットボールクラブくノ一」となったものの、2006年に再編された「なでしこリーグ」参戦後は2部への降格も経験するなど、現在の伊賀は“古豪”に過ぎない位置付けである。

そして、昨季『プレナスなでしこリーグ1部』で最下位に終わり、2部へ自動降格。“なでしこレジェンド”野田朱美前監督が掲げたポゼッションサッカーでは結果を残せず、なでしこジャパンに定着し始めたMF櫨まどか(現・マイナビベガルタ仙台レディース)を筆頭に、主力選手の多くがチームを離れた。

しかし、1年での1部復帰を目指し、2010年から2012年シーズンまで伊賀で3年間の指揮を執った大嶽直人氏が新監督に就任。新たなスタイルを標榜し、前半戦折り返し時点となる今節を首位で迎え、1部復帰後をも見据えたチーム作りを進めている。

一方のちふれASエルフェン埼玉~「昇格請負人」伊藤&荒川が3度目の加入

この日の伊賀が対戦相手に迎えたのは、ちふれASエルフェン埼玉。昨季1部9位となり、入替戦でセレッソ大阪堺レディースに敗れて、伊賀と共に2部へ降格して来たチームだ。

とはいえ、伊賀と対照的なのはチーム生え抜き12年目の元日本代表MF薊理絵を始めとする1部を戦った主力がほぼ残留していること。

そのうえで「昇格請負人」の元日本代表コンビ=MF伊藤香菜子とFW荒川恵理子(上記写真)が共に2013~2014年、2016年に続き、3度目の加入。

特に司令塔の伊藤は昨季のなでしこ2部でMVPを受賞しており、所属していた日体大FIELDS横浜の悲願の1部初昇格に大きく貢献。34歳となった現在でもその実力は健在だ。

全盛期は「ボンバー」で鳴らした荒川も、38歳となった現在は安定したポストプレーでクレバーさを見せ、前線で確かな基準点となっている。

「ポゼッション」(保持)から「プログレッション」(前進)へ

試合は序盤からホームの伊賀が前線からの激しいプレッシングで相手のペースを奪い、相手陣内に押し込むハーフコートゲームとなる。

ただし、昨季までのようにショートパスを繋いで押し込んでいくような形ではなく、今季の伊賀は「攻撃時には縦へのスピードを強く意識し、足下へのパスではなく、ゴールへ向かうスペースにパスを出す、アクションを起こす」(大嶽監督談)ことに、トライしている。

そして、守備についても前からボールを奪いに行く意識を徹底し、相手陣内での連動したプレスで即時奪回することを目指している。攻守両面でインテンシティー(プレー強度)が非常に高く、攻守のつなぎ目すら感じさせないシームレスなサッカーだ。

プレー強度が高いためにミスも生まれるが、「チャレンジした失敗は怖くない」と言う大嶽監督。

昨季までのポゼッションサッカーは「ミスを許さないサッカー」がイメージされるが、今季は「ミスはしても取り返すサッカー」をしている印象だ。

そのスタイルは昨季までの「ポゼッション(保持)」ではなく、「プログレッション(前進)」サッカーと表現できそうだ。

「盲点」の利用で主導権を奪う

また、この日は相手が3バックのシステムを採用していることもあり、ボール奪取直後の守備から攻撃への切り替え時に、「3バックの盲点」である両サイドのスペースを使う攻撃から主導権を握り始めた。

15分頃には、主将MF杉田亜未が左足で狙った技巧的なループシュートがクロスバーを直撃。直後にはクロスのこぼれ球をMF森仁美が狙った惜しいミドルシュート。また、この日はアンカー役のMF乃一綾の強烈なミドルシュートも複数回あった。

<4-3-3>(あるいは<4-1-4-1>)のシステムを採用している伊賀で、中盤を担う3人が決定機や惜しいシュートを連発したのは、サイドからの仕掛けにより、攻撃に“幅”と“深さ”があったからだ。

ゴールから近い距離のFKを含め、良い位置からのセットプレーも多く獲得した伊賀。それでもなかなか先制点を決めきれずにいた中、前半終了間際に中央とサイドを巧みに使って崩し、均衡を破ることに成功する。

42分、バイタルエリアで上手く縦パスを受けた森が左サイドへパス。左ウイングの竹島加奈子が左足でふわりとした浮き球のクロスをファーサイドへ供給する。

これを大嶽監督が「チーム内で最もオフ・ザ・ボールの動きが鋭い」と評するMF下條彩が、小柄ながらジャンプ1番の打点で競り勝ったヘッドがゴールに吸い込まれ、ホームの伊賀が遂に先制。

前半は埼玉のシュートをゼロに抑え、完全に押し込みながら貴重な先制点を奪った伊賀が1点リードで折り返した。

さらにプレッシングで、「完全支配」

一方先制された埼玉は、後半開始から古巣対決となるFW鈴木薫子を投入。それでも流れは変わらず、試合再開から伊賀が押し込む展開が続く。

大嶽監督が「前後半最初の15分間は特にラッシュをかける」と言うように、後半開始早々から相手陣内での激しいプレッシングの連続で主導権を奪い、ボール奪取した勢いをそのまま攻撃のパワーに替えていく。

FWの小川志保や竹島、アンカーのMF乃一が次々と惜しいシュートを浴びせ、前半以上に相手を土俵際にまで追い詰めていった。

そして57分、ペナルティエリア付近でのパスワークから“3人目の動き”でエリア内に侵入したFW小川が倒されてPKを獲得。自ら奪ったPKを、小川がほぼど真ん中に豪快に蹴り込み、伊賀が貴重な追加点を奪う。

65分には、伊賀が左サイドから完全に押し込んだ状況からバックパスを使い、相手をつり出す。そしてセンターバックの畑中美友香がペナルティエリア内左側のスペースへパスを呼び込んだ杉田へ浮き球の絶妙なダイレクトパスを供給。

杉田はワンバウンドしたボールを左足で確実にミートさせつつ、巧みな足首の感覚でゴールキーパーの頭上で落ちるドライブ回転の華麗なハーフボレーを披露。相手GKの意表も突いたゴラッソが決まり、3-0。勝負を決めた。

その後、選手交代をしながらも続けて好機を量産した伊賀。プレッシングサッカーで試合の主導権を握ると、自然と昨季までのポゼッションサッカーを部分的に披露できるようにもなってきている。

結局、相手のシュートを僅か1本に抑えての完封勝利。22本のシュートを浴びせた攻撃力と共に、9試合で2失点という守備の安定も示し、前半戦最後の試合を勝利で飾った。

また、今節で2位・愛媛FCレディースが引き分けたため、その2位・愛媛との勝点差は4へと開き、伊賀は前半戦を首位で折り返すことになった。(上記順位表を参照)

なお、6月第2週からは『プレナスなでしこリーグカップ2部』が再開され、リーグの後半戦は9月第1週から再開される。

今季の伊賀FCくノ一は「Vフォーメーションの復刻」が面白い!

「縦へのスピード」「前からボールを奪いに行く守備」「攻守共に相手陣内でプレーする」は、今季の伊賀のサッカーを語る上でコンセプトとなる言葉だ。

そのサッカーは、「攻撃的か?守備的か?」を問われたら、「攻撃的」。ただ、そこにボールの有無は関係がない。「オフェンシブ」ではなく、「アグレッシブ」なサッカーと表現できる。

そして、そのコンセプトに合わせて、昨季は右サイドバックだったDF宮迫たまみがセンターバックに再コンバート。対人守備の能力が高い宮迫のCB起用は、カウンターを食らうと数的同数や数的不利となることも多くなる現在のスタイルに置いて大きな“保険”ともなっている。

また、現在の伊賀のサッカーで肝となっているのは、<4-3-3>あるいは、<4-1-4-1>の2列目中央となるインサイドMF2人の動きだ。

一般的にインサイドMFというポジションにはゲームメイクやゴールに絡むアシスト能力、そして時にはアンカー1枚のシステム的構造上、ボランチ的なバランス感覚や守備力を要求されるポジションである。

しかし、このポジションのことを大嶽監督も実際にその役割を担っている杉田も、「シャドー」と表現している。

そして実際に杉田と共に、この「シャドー」を担うMF森は、この日も1人で5本のシュートを放ち、ここまで9節を消化したなでしこリーグ2部全体の「シュート本数」のトップとなる27本を記録している。そして、杉田もリーグ4位の19本のシュートを放っている。

実際に大嶽監督はこのシャドーの選手に「相手ボランチの背後や脇にポジションをとるように」という指示を出している。

そして、パスは足下ではなくスペースに出すことを徹底し、両ウイングの選手も含めた4選手が1トップのFW小川の背後にできるスペースでボールを受けられるように攻撃を構築している。

また、左SBに本職はアタッカーの作間琴莉を起用しているように、「このチームのサイドバックは、中盤の選手です。サイドバックが中盤で数的有利を作るんです」とも話す大嶽監督の言葉を組み合わせていくと、下記のような<2-3-5>のような布陣となり、感慨深いサッカーの歴史を想起した。

実はサッカーというスポーツができた19世紀中頃から約60年間は、世界中のどこのチームであろうと、全てのチームが<2-3-5>のフォーメーションで戦っていたのだ。「V」の字型に並ぶ布陣であるため、所謂、『Vフォーメーション』と呼ばれていたものである。

ただ、大嶽監督や伊賀の選手達は、このサッカーの歴史が詰まった“遺跡”を掘り起こそうとしているわけではない。

おそらく、「他のチームがやらない特別なことをしようとしていたら、偶然にも似ていた」ということだろう。それだけ緻密に計算されている先人の知恵は偉大である。

そんなサッカーの歴史に乗っ取った進化過程を見せている、今季の伊賀フットボールくノ一のサッカーもやはり、特別である!是非一度、ご覧あれ!

【次回予告】伊賀FCくノ一主将MF杉田亜未選手のインタビュー

そして、この試合の直後、今回のコラムでも取り上げた今季の伊賀FCくノ一の肝となるポジション“シャドー”を担うMF杉田亜未選手にお話しを伺ってきました。

日本代表経験があり、今後も代表入りが期待されるチームの主将に、今年のチームや自身の新たなポジションのことなどを伺いました。お楽しみに!!

筆者名:hirobrown

創設当初からのJリーグファンで、各種媒体に寄稿するサッカーライター。好きなクラブはアーセナル。宇佐美貴史やエジル、杉田亜未など絶滅危惧種となったファンタジスタを愛する。中学・高校時代にサッカー部に所属。中学時はトレセンに選出される。その後は競技者としては離れていたが、サッカー観戦は欠かさない 。趣味の音楽は演奏も好きだが、CD500枚ほど所持するコレクターでもある。

Twitter:@hirobrownmiki

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