「金正恩が泣いた」書いた朝日新聞記者に北朝鮮がブチ切れ

北朝鮮国営の朝鮮中央通信は8日、朝日新聞と同紙ソウル支局長を名指しし、北朝鮮と金正恩党委員長のイメージを傷つける「謀略報道」を行ったとして「必ず高価な代償を払わせる」と威嚇する論評を配信した。朝鮮労働党機関紙の労働新聞も9日、これと同様の論評を掲載している。

これは、金正恩氏本人の「怒り」の表現であると見て、まず間違いない。なぜなら金正恩氏は自ら、北朝鮮のメディア戦略を指揮していると見られるからだ。

朝日新聞のソウル支局長は、北朝鮮問題で「特ダネ」を連発していることで知られる。しかし各論評は、同支局長が「われわれの最高の尊厳をあえて冒とくし、朝鮮を悪らつに誹謗、中傷した謀略記事を書いた」としながら、具体的にどの記事が「謀略記事」に当たるか述べていない。

何が問題か相手にハッキリ伝えなければ、抗議する意味がないではないか――そう思っていたら、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の機関紙・朝鮮新報の方に答えが出ていた。

同紙によれば、朝鮮総連の代表らは5月31日、同30日付の朝日新聞朝刊に出ていた記事が北朝鮮の「最高尊厳(金正恩氏)」を誹謗中傷しているとして、朝日新聞東京本社に抗議に訪れていたのだという。

朝日新聞は5月30日付朝刊の1面トップで、北朝鮮国内で4月、金正恩氏が海辺で泣く場面を収めた記録映像が上映されたとする記事を掲載した。金正恩氏はこれに怒っているわけだが、この反応は少し意外である。なぜなら金正恩氏は、とっくの昔に自分の「泣き顔」を公開しているからだ。

また、2017年1月1日には自らの肉声で発表した「新年の辞」の中で、自分の「能力不足」を国民に向けて謝罪。その3年前に首都・平壌で、約500人が犠牲になったとされるマンション崩壊事故が起きたとき。金正恩氏は、犠牲者の遺族を集めた場で建設工事の責任者である当局幹部に頭を下げさせ、その写真を労働新聞に掲載させた。

つまり金正恩氏は、神秘性の維持を重視していた父・金正日総書記と異なり、悲しいことがあれば泣きもするしまずいことがあれば謝罪もするという、自分の人間的な側面をアピールしてきていたわけだ。それなのに、ここへきて朝日新聞の記事に「キレる」というのは、どういうことだろうか。同紙ソウル支局長が記事の中に、金正恩氏の「痛いところ」を突く内容があったからではないのか。

そもそも金正恩氏は、この程度の暴露報道にうろたえている場合ではなかろう。同氏は視察したスッポン養殖工場の管理不備に激怒して支配人を銃殺し、その際の動画をテレビで公開したことがある。そしてその一部始終は、国外でも知られてしまっている。

たった1本の新聞記事に目くじらを立てるより、こうした横暴な行いを慎む方が、よっぽど得るものが多いと思うのだが。

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