【特集】なぜ繰り返される!ブロック塀の倒壊死

過去の教訓から

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熊本地震で倒壊したブロック塀(左)=2016年4月、熊本県益城町、宮城沖地震で倒壊したブロック塀(右)=1978年6月、宮城県内

 週明けの18日朝、大阪北部を震源とする震度6弱の地震ではブロック塀が倒れ、大阪府高槻市で小学4年の三宅璃奈さん(9)、大阪市東淀川区で安井実さん(80)が巻き込まれて亡くなった。2016年の熊本地震、1995年の阪神大震災、78年の宮城沖地震などでもブロック塀が倒れて死傷者が出ている。街中でひびや亀裂が入った塀を見かけることがあるが、地震の際に人命を脅かす「凶器」になることをあらためて思い知った。これまでの地震で犠牲者が出たケースを教訓として知り、早期に安全性を確保した上で次の地震に備えなければいけない。(共同通信=柴田友明)

小学校のプールのブロック塀が倒れた現場=2018年6月18日、大阪府高槻市

「まさか倒れるとは」

 忘れられない思い出がある。23年前、1995年1月17日の阪神大震災。早朝の散歩に出かけたまま妻が行方不明となり、捜し続ける神戸市の男性を取材した。まだ倒壊した家屋や門柱が目立ち、道にがれきが散乱する中、男性は自宅から妻の散歩コースを何度も往復して、手がかりを見つけようとしていた。筆者の取材エリアだったこともあり、数日間、男性と同行して話を聞くことがあった。

 震災発生から1週間ぐらいして、倒れたブロック塀の下敷きになった状態で、ご遺体が見つかった。地区の集会所に安置されたことを知り、男性にお悔やみの言葉を申し上げようと訪ねた。

 「ありがとう、顔を見ていって」。男性に声をかけていただき、ご遺体の前で手を合わせた。「揺れが始まって、塀に近づいていってしまったのだな。まさか倒れるとは思わなかっただろうから…」。やっと妻が見つかったという気持ちと、なぜ危険なブロック塀に近寄ったのだという無念な思いが痛いほどに伝わった。

通学路に「凶器」

 18日、SNS上では、亡くなった三宅璃奈さんが通学していた小学校プールのブロック塀の写真が掲載されているケースが目立っている。グーグルストリートビューでは倒壊前のブロック塀の状況がきれいに撮影されていたため、ネットで取り上げられているようだ。壁画には青空や雲、樹木が描かれ、学校に通う子どもたちや地域の住民にとっては日常ありふれた光景だったに違いない。

 地震の際、老朽化したブロック塀の危険性は以前から指摘されてきた。これまで共同通信が報じた記事を参考に問題点をまとめた。

 40年前、1978年6月12日の宮城県沖地震は夕方の下校時に起きたこともあり、犠牲者28人のうち18人がブロック塀などの下敷きとなって亡くなった。仙台市ではこれを教訓に老朽化した塀の撤去や塀の高さを低くするように努めた結果、その後に起きた地震の被害軽減につながったとされる。

 国は71年の改正建築基準法でブロック塀の高さや構造を定めた。耐震基準を強化した81年の改正法には、3.4メートル以内の間隔で壁の中に鉄筋を通すことや、塀の高さを2.2メートル以下とすることを盛り込んだ。しかし、一昨年の熊本地震では、再び倒壊塀で亡くなるケースが出た。専門家が被災した熊本県益城町のブロック塀約260カ所を調べたところ、約9割で耐震基準を満たしていなかったという。

 国土交通省の担当者は「法改正前に設けた塀に、改修の義務付けはない。基準を知らない住民が、自分で塀を設けているケースも多い」と話している。

 今回の大阪の地震では倒壊したブロック塀の状況はどうであったか。定期的な点検は行っていたとされるが、子どもの通学路に「凶器」が潜んでいた事実は重い。あらためて今、危険性の周知や耐震化を行政が主導すべきではないだろうか。