「人命優先の支援を」 イタリアに上陸を拒まれ、遭難者は漂流を続けた

スペイン東部・バレンシアの港に到着した救助船「アクエリアス号」

スペイン東部・バレンシアの港に到着した救助船「アクエリアス号」

6月に誕生したイタリアの連立政権が、地中海で救助された遭難者を乗せた救助船「アクエリアス号」の上陸を拒否した問題で、国境なき医師団(MSF)は、上陸を拒んだイタリア政府を含む欧州各国政府を「政治的判断が優先されている」と非難する声明を発表した。

救助船はその後、受け入れを表明したスペイン・バレンシアに入港したが、受け入れまでに1週間以上の漂流を余儀なくされ、「必要以上に長い航海で危険にさらされた」と対応を批判。MSFは、欧州各国政府に人命最優先の対応を求めている。

海上でたらい回しにされる遭難者

アクエリアス号は、MSFと市民団体「SOSメディテラネ」が共同運航しており、地中海での遭難者の捜索・救助活動を続ける数少ないNGO船舶の1つだ。アクエリアス号には地中海を漂流中に救助されたアフリカからの遭難者ら630人が乗っていた。うち400人は、救助に携わったイタリア海軍および沿岸警備隊の船舶から受け入れた。

MSFの緊急対応責任者カルリーネ・クライエルは、「船には高齢者から子どもまで多くの人が乗っていた。いずれも紛争や貧困を逃れて生き延びた人たちで、経由地リビアでも、ひどい搾取を受けていた」と指摘する。

故郷から逃れ、疲れた様子で船内で横になる人びと

故郷から逃れ、疲れた様子で船内で横になる人びと

これまで遭難者を受け入れてきたイタリアだが、今回、国内の港での救助船の受け入れを拒否した。「当初、当局から緊急性の高い人びとは、イタリアへ搬送するよう言われていた」(クライエル)が、保護者の同伴のない未成年、傷病者、妊婦、他の家族の同伴のない母子など約200人の名簿を提出したところ、受け入れを拒まれた。

イタリアに近い島国・マルタ共和国もアクエリアス号の受け入れを拒んだ。MSFは、人道を重んじる国際法に反する、と批判する。

一方でスペイン政府は11日、地中海に面したスペイン東部・バレンシアでの受け入れを表明。だがバレンシアまでは、4日かけて航海を続けなければならなかった。

MSFは、最寄りの安全な港のあるイタリア国内への上陸を認めるよう引き続きイタリア当局に要望。合わせて、適切な居住空間や十分な食糧もない救助船で、630人の乗る過密状態で、航行が延長することに関する、安全・人道上の深刻な懸念も伝えた。

クライエルは「イタリア当局は悪びれもせず、遭難者630人の前で港を閉じた上、政治的な点数稼ぎのために地中海上を右往左往させた」と語気を強める。「たしかに、難民支援への対応が不十分な他の欧州各国政府に対してのイタリアの不満は理解できるが、今回のような振る舞いは正当化できない」

MSFのスタッフからスペイン・バレンシアに上陸することが伝えられる船内の人びと

MSFのスタッフからスペイン・バレンシアに上陸することが伝えられる船内の人びと

支援を受けられず、行き場のない遭難者

疲れきった様子の遭難者

疲れきった様子の遭難者

今年だけでも、地中海で危険な渡航を試みて水死した人は500人を超えた。小舟で渡航することが多く、最近も船が転覆して12人が亡くなり、40人が米海軍船によって救助されたことが報じられたばかりだ。

一方で、アクエリアス号が今年に入って救助または他の船から受け入れた人は計2350人(6月8日現在)。救助がなければ、全員水死していた可能性がある。だが、NGOという独立した立場での捜索・救助活動は、この1年、欧州諸国の政治的な対応などの影響を受けて先細っている。MSFのクライエルは「欧州諸国政府の多くが海洋における無力な難民の救命を最優先にしてこなかった。そればかりか、国境を取り締まり、受け入れを拒んできた」と指摘する。

船内で食事を取りながらスペインへの到着を心待ちにする遭難者

船内で食事を取りながらスペインへの到着を心待ちにする遭難者

背景には、イタリアやギリシャのように遭難者支援の前線で働く国に対して、ほかの欧州各国の支援が不足していることがある。クライエルは「欧州各国は、リビア沿岸警備隊を積極的に支援している。リビア沿岸警備隊は、(リビアから逃げ出そうとして)国際水域で救助された人びとを連れ戻している。だがリビアに戻れば、再び人道的な虐待を受けることになる」と懸念する。

MSFは欧州各国政府に対して、①救助された人びとが適切なケアを望める最寄りの港で速やかに下船できること、②国際社会で保護が必要な人が支援を受ける申請ができるよう取り計らうこと、③NGO団体による捜索・救助活動を妨げず、地中海で活動できる仕組みを構築すること―――など、人命優先の対応を求めている。

無事にスペイン・バレンシアに到着し、船から下りる遭難者

無事にスペイン・バレンシアに到着し、船から下りる遭難者

「NGOの船舶に対する中傷行為は控えるべきだ。目的は海上で人命を救うこと。アクエリアス号が630人の遭難者の上陸を拒まれ、なぜ航海を4日も延ばしてスペインに向かわなければならなかったのか。命を守り、救助された人びとを適切な場所に上陸させるためには、欧州の真摯な取り組みが必要だ。各国政府が責任を果たさない限り、私たちの地中海での救助活動は終わることがないだろう」

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