第16回:つぶやきは災いのもと!(適用事例10) ルール作りと教育、モニタリングで炎上も防止

不用意なSNS投稿は炎上など災いのもとです(出典:写真AC)

■エリート社員のツイートが思わぬ災いに

X社は、海外のある国から大型プロジェクトを受注しようとコンペに参加していましたが、残念ながら失敗に終わりました。しかしこれだけならば、たまにあることなので次回またがんばろうで済むのですが、今回ばかりは社内に不穏な空気が漂い始めています。

コンペの準備と交渉を取り仕切っていたのは同社のエリート営業部長のTさん。その彼が、コンペの結果が分かった直後、地方の営業所へ転勤させられてしまったのです。社内からは「いくらコンペに負けたからといって何もあそこまでしなくても」と、ひそかに同情と不安の声が聞こえてきたのでした。

しかし事実はこうでした。多忙なコンペのさなか、ホテルに戻ったTさんは、冗談半分に今回の相手国の風習を揶揄(やゆ)するようなツイートをしてしまったのです。たまたまこのことに気づいたX社は、コンペの結果を待ってTさんの処遇に踏み切ったのでした。もちろんTさんのツイートがコンペの判定に直接影響したかどうかは分かりません。単なる偶然とも考えられます。しかし、いつ何時、どこの誰が閲覧しているか分からないのがソーシャルメディアです。何かのきっかけでこのツイートが相手国の担当者や競合他社の目に止まったとしても不思議ではありません。

コンペの失敗とTさんのツイートの一件。この経緯を見守っていたX社の危機管理室長Q氏は、「なんとかしなければ…」とつぶやきました。

■Planの前にリスク要因と影響の大きさを下調べ

Q氏は次のように考えます。「これはTさん個人のせいにして済むような一過性の問題ではないな。SNSでつぶやいている社員は他にも大勢いる。といってもすぐには解決しそうにないから、PDCAを意識しながらじっくり取り組んでみる必要がありそうだ」。こうしてQ氏のPDCAが始まりました。

まず「Plan」を組み立てる前にQ氏が調べたのは、企業秘密を口外したり、会社の信用や信頼を損ねるようなネガティブな言動をしないよう社員を戒める規定が社内にあるかどうかです。これについては、社則や個別の契約書にそれらしき文言がありましたが、SNSに直接言及したものではありません。

次に彼は、社員のSNSが炎上するきっかけや会社に及ぼし得る影響の大きさを調べました。専門家たちはいろいろなことを指摘しています。「ソーシャルメディアは、良いことも悪いことも、何の垣根もなく自由に世の中に発信できる術を提供する」「ネットの世界は寛容と不寛容が極端な形で渦巻いている」「会社というのは、どの社員も企業秘密は洩らさない、会社を擁護してくる人々の集まりだという性善説で成り立っている」「ソーシャルメディアのリスクが会社にもたらす最大のダメージは信用の失墜だ」…。

こうして下調べをした後、Q氏は次のように結論づけました。「この種のリスク回避には決定的な特効薬はなさそうだ。社員のソーシャルメディアの利用に関して、しっかりと会社の規則を周知してもらうように、当面は社内ルールと従業員の教育を充実させるのが唯一の近道なのだろう」。

■全く新規のポリシーを策定する必要はない

Q氏が打ち立てた「Plan」の目標は、「社員のソーシャルメディア利用による会社のリスクを低減すること」です。この目標を達成するための方法については関係者と協議し、次の2点を「Do」のステップで行うことにしました。

1.社員のソーシャルメディア利用に関するポリシー(ルール)の策定2.このポリシーに基づく教育の実施と定期的なモニタリング

さて、実際にこれまでの社内向け規則を見直してみると、全く新規に規則を定めたり、教育を行ったりする必要はないことが分かりました。すでに文言として謳われている機密保持や社内の倫理規定をベースに、ソーシャルメディアやSNSの利用に関する文言を追加する方が受け入れられやすく、現実的だからです。

社員教育については、通り一遍の文言の説明だけではなかなかリスクをイメージさせることはできません。そこで、パワーポイントを用いていくつかの事例を提示し、「自分は会社のブランドを背負っている人間であるという自覚がないと、思いもよらないリスクや危機を顕在化させる危険性がある」ことをレクチャーしました。他の組織や他人の悪口や揶揄などの発言はもとより、内部情報や会社のだれそれがどこそこへ行っていたといったツイートをした場合なども含めた想定内容です。

また会社側のリスク管理として、定期的にネットを検索して自社に関するネガティブな情報が拡散していないか、発信者、リプライ、リツイートもすべてモニタリングチェックすることにしました。

■継続と改善こそが、このリスク対策の鍵

こうして半年が経ちました。Q氏はこの活動の結果をアンケートとヒヤリングを通じて確認し、これを定量的、定性的なレポートにまとめました。これが「Check」のステップです。

定量的な評価は、おもにX社に関するキーワードを含むツイートやブログの露出度を調べたものと、社員のソーシャルメディアの利用状況に関するものです。前者については、この半年間、プレスリリース等で公式に発表されたテキストがほとんどで、ネガティブな情報は含まれていませんでした。また後者については、教育の効果があったものと見えて、社内の端末からのSNSの利用はほとんどなくなり、自宅やスマホからのツイート回数も減ってきていることが分かりました。

このことはもう一つの定性的意見からもうかがえます。ある社員の言葉。「これまでツイートするネタがないと、クセになって何か書かなければとイライラしていましたが、とてもバカバカしいことだと思います。今では本当に書きたいことがある時だけ、慎重に投稿するようになりました」。

「まんざらでもないな」。Q氏は今回の結果をもって一連のやり方を正式な手順として取り入れることにしました(「Act」の判定)。しかし彼は自問自答します。「これでソーシャルメディアのリスクは解決したのだろうか?―いや、ノーだ」。彼は継続と改善こそが、このリスク対策の鍵だと考えたようです。

以上、ここで述べた再発防止策は、危機管理意識の高い企業ではすでにおなじみのものかもしれません。しかし注意したいのは、文書として、文言として可視化しただけでは何も実効性が伴わないことです。継続的な社員教育を通じて周知させることが鍵となるのです。

(了)

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