【1カ月で磨くヒルクライム力】part2・ペダリング術&ペース配分 編

超ゆっくり走法で高効率ペダリングが身に付く

脚の往復運動をクランクの回転運動に変換して推進力を得るという自転車の性格上、ペダリングの良し悪しが効率よく走れるか否かに直結する。だから誰もがペダリングに悩んでいるのだが、ヒルクライムではペダリングのうまいヘタが平地よりも顕著に走りに表れてしまうという。

ペダルは踏むものではなく回すもの、ということが頭で分かっていても、上りでは『頑張らなきゃ』という気持ちが先行して、踏みつけるような効率の悪いペダリングになってしまうものです。平地ではキレイに回せる人でも、いざ上りでキツくなると、踏むペダリングになってしまいがち

」(香立さん)

サクサク上るにはペダリング効率を上げればいいだけの話だが、ペダリング効率向上術というと難しくハードルが高いものが多い。しかし、シクロパビリオンのお二人が『上りにおける効率のいいペダリングを簡単に身に付ける方法』を伝授してくれた。

上りのペダリング効率向上には、『ただ上り坂でゆっくり走る』方法が効きます。ギヤはインナー×ローで負荷がかからない状態にし、4〜5%の勾配の上りを歩くような低速(時速3〜4km)でシッティングで走る。これだけです。練習とは言えないほど簡単ですよ。ぜひとも皆さんお試しあれ

」(相川さん)

相川 将さん:シクロパビリオンのチーフインストラクター。ブリヂストンアンカーなどに所属していた元選手。フランスでのレース経験も豊富。
香立武士さん:シクロパビリオンのインストラクター。元選手で経験豊富なベテラン。各種プログラムのコーチングも務める理論派。

シクロパビリオン

〒355・0071 埼玉県東松山市新郷442-4

営業時間:10時~18時

定休日:火曜日・水曜日(祝日の場合は営業)

TEL 0493・59・8400

シクリズムジャポン

ツールを目指すエキップアサダを母体とする総合サイクルステーション。初級者、中級者、上級者向けに各種イベントやレクチャーメニューを用意するほか、施設には広々としたシャワールームなども完備する。

簡単にペダリングを矯正

時速4kmで上るだけでペダリングがうまくなる?

「低速&上りという状況では、運動する物体に慣性が働きにくいうえ、重力に引っ張られるので、スムーズなペダリングをしないとうまく進まないんです。平地だとちょっと踏んだだけで慣性でスーッと進んでしまいますが、低速の上りではキレイにパワーをかけないとトルクが抜けるので、ギクシャクしてバイクがフラついてしまい、すぐに失速してしまうのです」

低速&上りの状況では慣性というごまかしが効かないため、ペダリングのうまいヘタがそっくりそのまま走りに反映される。要するに〈

キレイなペダリングをしないとうまく走れない状況で走る → キレイなペダリングが強制的に身に付く

〉のだ。そうすれば、山ではどうしても踏んでしまうという悪いクセが抜け、上りでも効率のいいペダリングができるようになる。

「これでキレイなペダリングのコツがつかめます。これをやってから上りでスピードを上げてみると、ペダリング効率が改善されていることが実感できると思います。しかもこれはビギナーだけではなく 上級者にも効きますし、上りだけでなく平地の走りも向上します。ペダリングがスムーズになるので、スピードのムラがなくなってスピードコントロールがしやすくなるんです」(香立さん)

これなら誰でも無理なくペダリング効率を向上させられる。1カ月もあれば効果は十分に出るという。

高効率ペダリング習得法

練習法は簡単!
4〜5%ほどの坂を見つけ、そこを歩くくらいの速度 (時速3〜4km)でシッティングで上ってみる。坂の距離が短いなら何度か反復する。

「ギヤはできるだけ軽くして、ペダルに負荷をかけずに。こういう状況では慣性が働かないので、全周でトルクの変動が少ないように回さないとバイクがギクシャクしてしまいます。上り坂特有のバランス感覚も磨かれるため、ペダリングだけではなく体の使い方もうまくなります。いきなり低速にするのはフラついて怖いという人は、だんだんと遅くして低速に慣れていきましょう」(香立さん)

アンクリングに注意する
このとき、ムダなアンクリングをしないこと。足首が動くとふくらはぎを使ってしまいますし、小手先のペダリングになってしまいます。足首を固定して太腿を上げ下げするイメージで」(相川さん)

正しいペダリング

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間違ったペダリング

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安全な場所で行おう

この練習は低速なのでフラつきやすく、車道で行うのは危険かもしれない。時速3〜4kmは徐行になるため、自転車通行可のところであれば歩道で行ってもOKだ。くれぐれも歩行者の邪魔にならないように。

上りに効く〝最後のあがき〞

たった1カ月で心肺能力や筋力を向上させるのは難しい。自転車はそんなに簡単なスポーツではないし、人間の体はそんなに都合良くできてはいない。しかし、

心肺をできるだけ『本来の実力を発揮させやすい状態に持っていく』ことは可能

だという。

「1カ月しかないということは、1カ月は残されているということです。

本格的なトレーニングを行う時間はありませんが、最低限やっておきたいのは、短時間で心拍を適度に上げておくこと。

そうしておかないと、本番での高い心拍数に体が適応できず、パフォーマンスを発揮させることができません」(相川さん)

香立さんも「

練習できないまま1カ月前になってしまって焦っている人には、 短時間・高強度の練習をお勧めします。

1カ月前から高い心拍数に体を慣らしておくんです。運動してない人ほどこれをやっておくと効果的。やっつけといえばやっつけですが、サボっている人には都合がいい練習法です」と言う。

高強度で30秒×10回

練習といってもいたって簡単。週1回でも乗る機会を作り、3〜5分程度で良いので高強度で走って心拍数を上げるだけ。そうすれば体が高強度運動に慣れ、レース当日でも体がびっくりしない状態にすることができる。高強度走の前後にはウォームアップとクールダウンを忘れずに。

もう少しキッチリやっておきたいという人には、『30秒×30秒』という練習法がお勧めだ。

15分ほどアップをしたあと、全力の8割程度の強度で30秒間ペダルを回し、そのあとの30秒間は軽いギヤで休んで呼吸を整える。これを10セット行います。

全力ではなく、しかも30秒と短いので、初心者でも心が折れにくく効率良く練習ができます。セットが終わったらダウンも忘れずに。週末に乗れるとしても、平日のどこかで1回はこの『30秒×30秒』をやっておくといいでしょう。

週末は、実走できるなら山に走りに行ったほうがいいです。実際の坂を経験するほうが大切ですから。週末に実走する時間が取れなければ、ローラー台でこの『30秒×30秒』をやっておきましょう。1カ月前から有酸素運動能力を上げるのは不可能ですが、この練習をするとVO2MAX(※)が上がります。VO2MAXが上がると結果的に有酸素運動能力も上がるので、ヒルクライム直前のやっつけとしては非常に有効です。1カ月でも十分に効きます。レースの

3〜4日前になったら『30秒×30秒』を1セットやって、あとは本番までしっかりと休むこと。ビギナーの人は、よくレース直前になって『なんかやんなきゃ!』と焦って急にキツい練習をしたりする人がいますが、やめてください。直前でハードなことをやっても疲れが残るだけ。ちゃんと体を休めたほうがよっぽどいいです」(香立さん)

※ VO2MAXとは最大酸素摂取量のことで、運動中に呼吸によってどれだけの酸素を体内に取り入れることができるかを表す指標。高ければ高いほど有酸素運動能力や心肺能力が高い。

実走できるなら、コレを10セット

全力の8割程度の強度で30秒間ペダルを回し、そのあとの30秒間は軽いギヤで休んで呼吸を整える。これを10セット行う
30秒8割走

実走が難しければローラー台でもOK

撮影協力:俺のバイク部屋

ウォームアップをしたあと、全力の8割程度の強度で30秒回し、30秒は負荷をかけずに脚を軽く回しながら休む。これを10セット行う。クールダウンも忘れずに。このトレーニングをやることによって、VO2MAXの向上が期待できる。さほどキツくないため初心者にもやりやすい。

撮影協力:俺のバイク部屋

問・

矢川原

MENU LIST

週1回、1時間ほど乗れるなら

1.

ウォーミングアップ15分

(最も軽い負荷から乗り始め、じわじわと体を温めていくイメージで)

2.

30秒8割走 (全力の8割の強度) ←→30秒レスト走

×10セット

3.

クールダウン15分

(ゆっくりと体を落ち着けていくイメージで)

本番直前のひと工夫でパフォーマンスアップ

当日ではなく前日にウォームアップをしておく

前日は完全に休息日として、当日のスタート前にしっかりとウォームアップする、というのがセオリーだが、相川さんの考え方はちょっと違う。

レース前日にしっかりとウォームアップをしておき、当日はスタート前に軽く乗るくらいがベストだと思います。

上級者のまねをして、前日は乗らずに当 日の朝にしっかりアップする人もいますが、あまりオススメできません。大会当日の朝は時間がなくてバタバタしがちなので、よほどの経験者でないとちゃんとしたアップができないことが多いですから。当日にあわてるよりも、前日にウォームアップになるメニューで体を活性化させておき、当日の朝は軽く乗って体を温めてあげるだけ、というほうがいいです。自分も選手時代はそうしてました」

パフォーマンスアップ 前日編

短時間・高強度で適度に筋肉を疲労させるべし
まずレース前日の過ごし方について教えてもらおう。

「前日は低強度で1〜2時間ほど走っておくといいでしょう。体力に余裕がない人は強度を上げてはいけません。30分〜1時間程度、サイクリングレベルで軽く脚を回してあげると良いでしょう。体力に余裕があってタイムを狙っている人は、強度を上げておいたほうがいい。強度を上げる目的は、前日に筋肉を疲労させた状態にしておくことです。 ただ、持久的な疲労をしてしまうと本番に響くので、短時間にとどめておくことが大切。短時間・高強度で筋肉を適度に疲労させておくと、筋肉に乳酸が入った状態になり、乳酸を代謝するためのサイクルが動いてくれるので、レース当日に体が有酸素運動に移行しやすくなるんです」(香立さん)。

では具体的な前日にウォームアップになるメニューとは?
「アップは最低でも15分、できれば30分行いましょう。低強度でだんだん体を温めていく感じで。体が温まったら、高強度で30秒走り、10秒休む。あまり練習していないという人ならこれを2~3回、そこそこ走れているという人なら5回ほど繰り返します。これを1セットとして、体調と相談しながら1セット〜3セット行いましょう。息と心拍がしっかり上がったと感じたら終了。強度は全開ではなく、8割くらいでOKです。踏んでパワーを出すのではなく、軽いギヤを回すイメージで行います。ダウンも最低15分、できれば30分。このとき、水分をしっかりと摂ることを忘れないようにしましょう。走り終わったあとは エナジー系の補給食を摂って、無酸素運動で使った糖分をすぐに補充しておきましょう」(香立さん)

パフォーマンスアップ当日編

無理にアップするよりも 落ち着いてスタートを切る
「体力に自信がなく、完走が目標というレベルの人は、当日のアップはやらないほうがいいでしょう。無理にアップをしてバタバタするより、落ち着いてスタートを迎えるほうが大事です」(相川さん)。

スタート直後から弾丸のようにカッ飛ぶ先頭集団に食らいついていく必要があるトップクラスの選手なら別だが、自分のペースでいいタイムを目指すという走り方であれば、当日のウォームアップは必須ではない。なぜならスタート直後からいきなりハイペースで上り始めるのではないから。スロースタートのほうがよっぽどいいタイムが出る。

「体力に余裕がありタイムを狙う人は、体のスイッチを入れるために スタート前に高強度運動をしておくといいでしょう。時間に余裕があれば、前日と同じメニューをやっておくと効果的です」(相川さん)

正しいペース配分で持てる力を最大限に発揮する

では、いよいよ本番だ。どんなペースで走ればいいタイムが出るのか。

「スタート直後の雰囲気にのまれてしまってオーバーペースに陥る人は本当に多いです。でも前半頑張り過ぎて序盤でパワーを使い切ってしまうと、後半はガクンとペースダウンしてしまうので、絶対にいいタイムは出ません。最初はかなりゆっくり走り始めるくらいがちょうどいい。スタートして間もないときに『かなりキツいな』と感じたら、それはもうオーバーペース。『このペースじゃちょっとヤバいかも』と思ったときはもう手遅れです。経験の少ない人ほど、どれだけゆっくりとスタートできるかがカギになります。 走り始めを抑えておくと、だんだんと調子が良くなってくるもの。 最初はスロースタートで、徐々にペースを上げていき、最後だけグッと上げ、パワーを使い切ってゴール。これが理想的なペース配分です。タイムも出ますし、ラクに上りきれます 」(香立さん)

「5、4、3、2、1、スタート! って言われると思わず最初から頑張ってしまうものですが、これでもかというくらいに抑えて走り始めるくらいでちょうどいい。 スタート後の10分〜15分はノロノロ走るくらいの感覚でOKです。序盤の強度の目安としては、『会話できるくらい』でしょうか。 ライバルに先行されてしまうと焦りますが、どうせ序盤でオーバーペースになった人たちは勝手に落ちてきてくれますから(笑)。体が温まってきたときにそういう人たちを右から左からブチ抜くというのはかなり気持ちいいものです(笑) 」 (相川さん)

ロケットスタートは絶対NG。コツは 「はじめノロノロ、 中パッパッ、 最後にドカーン!」である。

コースを把握してクレバーな走りを

「コースを把握しておくことも大切です。イベントのHPでコースプロフィールを見れば、どれだけキツいのか、どこに何があるのか、給水ポイントの有無などが把握でき、本番でのペース配分の参考になります。走るときはメーターで距離を把握することを忘れずに」(相川さん)。

また、事前に似たようなコースを走ってペース配分の感覚をつかんでおくことも有効だという。「事前にタイムを測りながら似たようなコースを何度か走り、『どういうペースで走ればいいタイムが出るのか』ということを把握できれば理想的」と香立さん。

「『自分は上りで何kmだったら頑張れるのか』という目安を把握しておくといいでしょう。例えば、5kmの上りでいつも後半の2kmは頑張れるという人は、レース本番でラスト2kmになったらペースを上げても大丈夫。そうすればタイムが出やすいでしょう。2kmしか頑張れないのに残り5km地点でペースを上げても最後にタレてしまってタイムは出ません」(相川さん)

キツいところで力を抜こう

「勾配が緩いところで頑張って勾配がキツいところでラクをする、というのが鉄則です。できるだけパワーが一定になるように走るべきなのに、なぜかみんな緩いところで一息ついてキツいところで頑張ってしまいます。『緩い坂でちょっと頑張り、キツい坂では休む』くらいのイメージで走るといいでしょう」(香立さん)

スタート前は楽な姿勢で待とう

「スタート前は列に並んで待つ必要があると思います。そのとき、なるべく立たないほうがいいと思います。ずっと立っていると走る前に筋肉が硬くなってしまいますから。選手だったらありえません。スタートを待つときには、できるだけ脚に負担をかけないような姿勢で。スペースがあれば座って脚を伸ばせ るといいですね。トップチューブに座っていてもいいでしょう」(相川さん)

スタート直前のエナジー系補給食NG!?

「スタート直前に『最後の補給だ!』とエナジー系の補給食を摂る人も多いですが、それは絶対にやらないほうがいい。エナジー系補給食を摂ると血糖値が急激に上昇します。血糖値が上がった状態でスタートすると、体がなかなか有酸素運動に切り替わらないんです。しかも血糖値が上がっていると調子がいいように感じるので、いつもより頑張れてしまう。 要するにオーバーペースになりやすいんです。有酸素運動が始まっていないのにオーバーペースになると、どんどん糖質が消費され、血糖値が下がっていきます。しかも、血糖値が上がるとインシュリンが出て血糖値を下げますが、血糖値が下がるタイミングと体内の糖分を使い切るタイミングが重なると、血糖値が急降下して気分が悪くなります。これは脱水状態と同じくらいありがちな失敗です。

スタート1時間前になったらエナジー系の補給食は摂らないほうがいいでしょう。お腹が減ったら血糖値が急上昇しないもの(甘くないパンなど)にしておきましょう。ヒルクライムはどんどん糖質を消費するレースですから、レース中は補給したほうがいいです。スタート後30分くらいしたらエナジー系の補給食でエネルギー補充を。その後は30分おきなどタイミングを決めておくと補給忘れを防げます 」(香立さん)

【1カ月で磨くヒルクライム力】パート1 呼吸法&水分補給

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