バトンつないで 2018 第21代高校生平和大使【1】

 毎年夏、核兵器廃絶を求める署名をスイス・ジュネーブの国連欧州本部に届けている高校生平和大使。20年にわたる活動が評価され、ノーベル平和賞の候補にもなっている。第21代に当たる今年は15都道府県から20人が選ばれた。被爆者の願いをつなぐ若者たちの思いを紹介する。

 〈設問〉(1)平和や核問題について関心を持ったきっかけ(2)もしも自分が日本の首相なら、核兵器廃絶の実現に向けて、まず何に着手するか(3)「平和」と聞いて思い浮かぶ情景(4)古里の「おすすめ平和スポット」とその理由

◎徳永 雛子(とくなが・ひなこ)さん(16)=長崎西高2年= 核廃絶の土台を築く

 (1)被爆地に生まれた身として、毎年の平和学習など平和や核について知識を得る機会は多かったが、友人たちが、平和学習に対して悲しみや苦しみを受け止められず退屈なものだと思っていることに、危機感を持っていた。中学3年の夏、広島を訪問したオバマ前米大統領と握手したことを契機に、核兵器廃絶の難しさを感じ、「核抑止力」など深く勉強するようになった(2)核兵器は絶対に無くすべき物だが、今は各国が信頼し合っていないから、武器に頼らざるを得ない状況になっていると思う。外交でさまざまな国と交流し、核兵器廃絶の土台を築きたい(3)世界中の人々が、それぞれの場所で生活に困らず、傷つけ合うこともなく、暮らしている様子(4)「原爆資料館」。時の流れを感じさせるつくりになっている。行く度に戦争とはどのようなことか、平和とは何なのかを考えさせられるから。

◎上田 礼芽(うえだ・あやめ)さん(16)=北海高2年(北海道)= 被爆国の声を世界へ

 (1)小学6年生の時、家族旅行で祖父の故郷・沖縄を訪ねた。そこで初めて祖父の姉がひめゆり学徒隊として動員され戦死したことを聞き、戦争は遠い過去ではなく、身近な話だと気付いたことがきっかけ。勇気を出してつらい過去を話してくれた祖父を見た時、後世に伝える使命があると感じた(2)これまでつらい経験をして、今もなお苦しみが続く被爆者の「二度と被爆者を生まないで」という声を、唯一の戦争被爆国である日本の声として世界各国に伝えたい。中国や韓国をはじめとする日本が戦争被害を与えた国々には、謝罪をしてから語りかけたい(3)人々が笑っている姿。銃や武器がなくても争いのない世界(4)「知床」。世界自然遺産で、実家の隣町。学校行事でも訪ねていた。空気がとても澄んでいて、どんなにつらいことがあっても忘れさせてくれるし、安らぎを与えてくれる場所。

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