第17回:雲をつかむようなBCPの見直しよ、さらば!(適用事例11) パンデミック対策から考える

パンデミック対策も重要なBCPの要素です(出典:写真AC)

■思わず本音が見えた事業継続管理の盲点

Sさんは社内の危機管理全般を担当しています。災害や事故などが起これば、現場の責任者と共同でインシデント調査を行い、報告書を書き、再発防止策の策定に関わります。しかし担当はSさん一人だし、Sさんの所属部署はいつも多忙な総務なので、同僚に業務を手伝ってもらうのは至難の技です。

先日も、書類の山に埋もれて仕事をしていると、上司から背中をポンとたたかれました。「よっ、例の見直しの段取り、進んでる?」

「は? 何のことですか」とSさんが疲れた目で返答すると、上司はあからさまに不機嫌な顔でくどくどと説明を始めました。

「パンデミックBCPの見直しのことだよ。新型インフルエンザはいつ感染爆発を起こすかわかったものではない。2009年のパンデミック騒動の時は幸い大事には至らなかったが、それでも過剰反応を起こした顧客や取引先から風評被害を起こされかねない状況だった。しかしその後、2011年に東日本大震災が起こってからは、すっかりパンデミックのことは忘れ去られてしまったようだ。だから、今後に備えて必要最小限の対策が維持できているかどうか、見直しをしてほしいということなんだ」。

「これはうっかりしておりました。この書類を片づけたらすぐに見直しを行います!」とSさんは力強く返事をしました。とここまではよかったのですが、心中には本音がくすぶっています。

「新型インフルなんて、消毒液とマスクの備蓄があればそれでOKじゃないか。もうこれらは確認済みだ。見直すって何をやれというのだろう…?」。

■パンデミックの見直し項目は6つ

「しかし…」とSさんは考え直します。「そう言えば"見直し"なんて、地震や台風災害のBCPについても何も手をつけてないなあ。これを機に心を入れ替えて、パンデミックBCPをモデルケースとして見直しの仕組みをきちんと作っておこう」。

そして、いわば継続性ツールの代名詞でもあるPDCAを活用し、末永く使える見直しのためのステップを組み立てようと考えたのです。彼はPDCAの「Plan」における目標を「パンデミックBCPの見直し手順を確立する」としました。

さて、どんなことをやればこの目標が達成できるのでしょうか。これが今回のキモです。Sさんは棚の奥から過去の遺物のようなパンデミックBCPのバインダーを取り出し、ページをめくりながら、2009年当時の状況―業務への影響だけでなく顧客や取引先の動きなども含む―を思い起こしてみました。そしてノートにメモした次の6つの項目に見直しの手がかりがありそうだと結論づけました。

・パンデミック発生時の対応手順・事業活動の対応方針・従業員の教育・コミュニケーション・顧客・取引先対応・ITの活用

■方針・手順・経営資源…見直し要件はどのBCPも同じ

次に「Plan」で割りだした6つの見直し項目について内外の関係者を集め、議論しながら内容を精査しました。これが「Do」のステップです。次の内容について見直しと確認を行いました。

まず「パンデミック発生時の対応手順」。感染拡大期における感染者および感染疑い者発生時の処置方法などを、オブザーバである産業医のアドバイスのもとで確認しました。

次に「事業活動の対応方針」。消毒液とマスクの必要数量の備蓄。不要不急業務のリスト。製品・サービス提供の縮小・中止の基準。出張旅行中止の基準を確認しました。

三番目は「従業員への教育」。これはパンデミック発生に備えた段階的な行動方針や衛生管理などが中心です。手洗い・消毒の徹底や接触を避ける工夫、重要業務に対応できる複数の代替人員研修の必要性などについても見直しました。

四番目は「コミュニケーション」についてです。パンデミック時の変則的な業務対応等について内外に、滞りなく伝達する方法と手段を持たなければなりません。

五番目。「顧客や取引先への対応」です。パンデミック発生期間中は、当社の製品やサービスへのニーズが激増あるいは激減する顧客が想定されることが分かりました。これら外部への対応方針(優先順位・遅延・中止等)の取り決め内容を確認します。

最後は「ITの活用」です。テレビ会議やスカイプによる人的接触を避ける会議方法に、いつでもシフトできるかどうかが問われます。また、一般事務や営業関係の書類作成や見積もり作成・報告を自宅から行う、いわゆるテレワーキングの方法についても追加的に検討しました。

■業種によってはさらなる見直しが必要

Sさんの会社では、ひとまず最低限以上の6項目の見直しと確認を行い、BCPに必要な変更を加えて改訂版として配布することになりました。さて、次のステップである「Check」ではどのような評価を行えばよいのでしょうか。見直し作業やBCPの改訂・配布を終えたというだけでは、「Check」とみなすことはできません。かと言って実際にパンデミックが起こるのを待つというのもヘンです。

しかし、この6項目のひとつひとつをテーマにした訓練や演習を行えば、ある程度の効果の確かさや有効性は把握できるはずです。感染者発生時の救急対応については実地訓練方式で、事業継続問題としての変則的な業務態勢へのシフトなどについては、机上演習でカバー可能でしょう。

なお、パンデミック対応についての検討や確認事項は、ここで述べたことがすべてではありません。海外進出している企業の場合は、現地社員とその家族の対応方法、出国・帰国時の手順などを追加することもあるでしょう。また、パンデミックがピークを迎えた時には食料品等が劇的に品薄・品不足に陥る可能性がありますから、地震対応BCPと同じように非常時の食料品や水の備蓄が役立つことも考えられます。

また、Sさんの会社の例では業種を明示していませんが、これが小売業や製造業、運輸業といった具体的な会社のこととなると、さらなる見直し項目が必要なことは言うまでもありません。例えば、製造業の場合、原料料や部品などが品不足や欠品になる可能性があります。理由は原材料・部品の仕入先や運輸業者に多数の感染者が発生して調達不能に陥るためです。このような時の代替調達の方法についても、オーソドックスな地震対応のBCPがヒントになるかもしれません。

(了)

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