死刑執行されて

 その女性は何年か前、東京都内の小学校で、命について考える講話をした。児童たちの前で1枚の紙をくしゃくしゃに丸め、広げて、語ったという。「これが犯罪被害者の心の傷です」。いくら伸ばしても、しわが消えることはない、と▲この女性、高橋シズヱさん(71)は23年前の地下鉄サリン事件で、霞が関駅の助役だった夫を亡くした。オウム真理教の一連の事件をまとめたウェブサイトが今年に入って開設され、その中で高橋さんは、今も「心が揺さぶられる」と手記に書いている▲しわは消えない、事件は終わらない。そう思う人がおそらく山といる中で、残忍極まりない無差別テロなどの首謀者、松本智津夫死刑囚(63)ら元教団の7人の死刑が執行された▲松本死刑囚は、公判の途中から沈黙し、詳細は語られなかった。死刑執行されて、真相に迫る道はとうとう、完全に閉ざされる▲若者の心を巧みに操る。命をどう扱おうが何の責め苦も覚えない。そういう点で、教団と現代のテロ組織は似通っている。高橋さんはきのうの会見で「テロ対策という意味で、もっと彼ら(死刑囚ら)には話してほしかった」と悔やんだ▲未曾有の凶行が、数限りない人々の心をくしゃくしゃにしたことを忘れまい。現代の、これからの社会を守るためにも事件を忘れまい。(徹)

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