【特集】〝うそつき〟が奪った決勝点 W杯、クロアチアが決勝進出

クロアチア―イングランド 延長後半、決勝ゴールを決め喜ぶクロアチアのマンジュキッチ=モスクワ(共同)

 技術の向上よりも、やる気を見せることを重視する。そんなナンセンスな指導者が日本にはいる。しかし、サッカーとはそんな単純なものではない。ポジションによっては、やる気のなさを相手に見せておいたほうが得なこともあるのだ。

 クロアチアは初、イングランドは52年ぶり2度目の決勝進出を懸けたワールドカップ(W杯)ロシア大会の準決勝。延長戦までもつれ込んだ一戦に決着をつけたのは、老獪(ろうかい)なクロアチアの点取り屋が見せた名演技だった。

 延長後半4分、クロアチアの攻撃。左サイドのピバリッチがクロスを入れるも、イングランドDFに跳ね返される。このとき、ゴール前にいたFWマンジュキッチはあからさまに「残念」がり、うなだれながら自陣に戻りかけた。この〝やる気のなさ〟を意図的に演じているのだとしたら、かなりの役者だ。両脇から挟み込んでマンジュキッチを封じようとしていたストーンズとマグワイアの両CBは、明らかにマンジュキッチの態度を見て気を緩めていた。

 高く浮いたボールの行方は、イングランドのDFトリッピアーとクロアチアのFWペリシッチの間に落ちるイーブンボール。どちらに転がるか分からない。それをペリシッチが先にヘディングで触った瞬間に、マンジュキッチが一変した。

 生粋の点取り屋とは、このように抜け目がないのだろう。相手に気配を感じさせずに反転。2人のマーカーを置き去りにしたマンジュキッチは、完全なフリー状態だ。バイエルン・ミュンヘン(ドイツ)やユベントス(イタリア)などといった世界的な強豪で活躍し、クロアチア歴代2位の32点を決めているストライカーがこのチャンスを外すはずはなかった。

 日常生活でこのようなことをすると、人間性を疑われるに違いない。だが、スポーツに限っては相手をだますことは美徳となる。相手の意図を読み取り、その逆を突いて陥れる。それは「フェアプレーポイント」には影響しない。W杯を始めとするビッグトーナメントを勝ち進むチームには、点を取ることに特化したマンジュキッチのように点を取ることに特化した〝うそつき〟が必ずといっていいほど存在する。

 開始5分、イングランドのトリッピアーに直接フリーキック(FK)を決める。早々にビハインドを負ったものの、中盤の構成力ではクロアチアが勝っていた。クロアチアにとって怖いのは、イングランドのセットプレーだけ。この試合でも決められたが、イングランドは12得点中9得点をセットプレーから決めている。このことが意味することは、ボールを展開して得点を奪う力は劣っているということだった。

 そのことは、試合のデータでも明らか。前半30分のケインのシュートをクロアチアGKスパイッチがセーブしたプレーはカウントされなかったみたいだが、延長120分を含めてゴール枠をとらえたシュートは得点になった1本だけ。逆にクロアチアは11本だったイングランドの倍となる22本のシュートを放ち、そのうち7本が枠内に飛んだ。

 そんなデータとは裏腹にゴールはなかなか生まれなかった。焦れるクロアチアが息を吹き返したのは、後半23分だった。右サイドのブルサリコのクロスを、DFウォーカーの背後から走り出たペリシッチが左足アウトサイドでダイレクトに合わせ、追いつく。今大会、いまひとつ存在感を発揮できていなかったペリシッチがようやく決めたシュート。だが、危ういものでもあった。足がヘディングでクリアしようとしたウォーカーの頭に当たっていれば、ファウルとなってゴールを取り消された可能性が高かったからだ。それを考えれば、運も味方した上での逆転勝利、初の決勝進出だった。

 W杯では2度目となるフランスとの対戦。決勝戦で20年ぶりの再戦が実現する。旧ユーゴスラビアが解体し、クロアチアとして初のW杯出場となった1998年フランス大会では、準決勝で地元フランスと対戦した。しかし、先制したにもかかわらず1―2の逆転負け。ともに主力DFのビリッチ(クロアチア)がブラン(フランス)を退場に追い込んだことが物議を醸した。この時、フランスのキャプテンを務めていたのが、現フランス代表監督のデシャン。これも何かの因縁だろう。

 それにしてもクロアチアは、W杯が「大好き」らしい。何しろ、決勝トーナメントに入ってからの全3試合を延長戦まで堪能しているのだから。延長戦は前後半で30分なので、クロアチアはフランスより1試合多く戦っている計算だ。

 だからこそ、決勝に向けた問題はコンディショニングとなる。ただでさえ、疲労が蓄積しているのに、フランスより休養日が1日少ないのだ。この問題さえうまく解決できれば、20年前のリベンジは十分に可能。なぜなら、若い選手で中心の「まだ青い」フランスと比べ、クロアチアにはうそを平気でつける老練な役者が数多くそろっているからだ。だまし討ちで優勝をたぐり寄せる可能性は十分にある。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目となる。

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