【病院中毒死】逮捕1週間、容疑者の心の内は 県警、解明へ慎重捜査

 横浜市神奈川区の旧大口病院(現・横浜はじめ病院)で2016年9月に入院患者の高齢男性2人が相次ぎ中毒死した事件は、神奈川県警の神奈川署特別捜査本部が殺人容疑で同院の元看護師久保木愛弓容疑者(31)を逮捕してから1週間が経過した。同容疑者は容疑を認め、20人ほどに消毒液を混入させたとの趣旨の話をしている。終末期医療の現場で患者に寄り添う立場だった容疑者の心の内に巣くったものは何か。特捜本部は供述の裏付けを慎重に進め、全容解明につなげる方針だ。

 「患者の死亡を遺族に説明するのが苦手で、自分がいない時に死んでほしかった」。特捜本部に殺害の動機をこう説明しているという同容疑者。同院には15年春から勤務し、4階の終末期の患者を担当していた。

 高校時代の同容疑者を知る女性は「地味でおとなしく、印象的な記憶はない」と話す。逮捕前の取材には関与を全面的に否定していたが、6月末の特捜本部の任意聴取に中毒死した男性2人=ともに当時(88)=の体内に界面活性剤の成分を含む消毒液を混入させて殺害したことを認めた。捜査関係者は「彼女なりに罪と向き合い、自供した。うそ偽りはないと思う」と明かす。ただ、動機面については「患者の死に直面するのが嫌なら病院を辞める選択もあったはず」と懐疑的な見方も示す。

 消毒液の混入については「16年7月ごろからやっていた。ストレスがあった」とも漏らしている。同院では同容疑者が混入を始めたとしている時期から事件発覚までの2カ月余りで40人超の入院患者が死亡。一日に複数の患者が亡くなったこともあり、特捜本部はこの経緯に注目している。

 同容疑者が多くの被害者がいる可能性をほのめかす一方で、ほとんどの遺体はすでに火葬されるなどしており、物証は乏しいのが実情だ。特捜本部は逮捕容疑の男性以外に、もう1人の男性を殺害した容疑でも立件する方針。ほかに高齢男女2人についても界面剤の成分を検出しており、同容疑者の関与の有無を慎重に捜査するが、「(界面剤と)死亡との因果関係を明確にするのは容易でない」(捜査関係者)との声がある。

◆「前提は性善説」医療現場、深い苦悩

 今回の事件を受け、人体に影響を及ぼすさまざまな薬剤を取り扱う医療機関の苦悩は深い。看護師ら医療従事者は献身的に患者に尽くすという性善説が大前提で現場は成り立っており、内部の悪意が持ち込まれた場合の対処は他の医療機関にとって「対岸の火事」ではないからだ。NPO法人医療ガバナンス研究所の上昌広理事長は「医療従事者が故意に殺人を犯すような事態は現場で想定されていない」と指摘する。

 同院は“身内”から容疑者が逮捕されたことを受け、薬剤の施錠管理の徹底や事件発覚まで院内になかった防犯カメラの設置などの対応策を説明、再発防止に努めるとした。上理事長は内部の悪意を念頭に「いくら対策しようと防ぐのは容易でない」としつつも「事案の真相を明らかにした上で、各現場では医療従事者の置かれている状況や負担をくみ取る努力が求められる」としている。

県内の久保木容疑者の関係先から押収品を運び出す県警捜査員=12日昼ごろ

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