発見│ミャンマーの観光スポット 知られざるマンダレー近郊の伝統工房を訪ねる旅 仏像の石細工、金箔など「巧の技」を継承する職人たち  今回はマンダレー周辺で今も受け継がれるビルマ族の伝統工芸品の工房と職人たちを取材した。石細工、金箔など、昔ながらの技術を駆使した巧たちの作品は、もはや芸術品ともいえる域に達している。

発見│ミャンマーの観光スポット 知られざるマンダレー近郊の伝統工房を訪ねる旅 仏像の石細工、金箔など「巧の技」を継承する職人たち

[石細工工房を訪ねて](

仏教国ミャンマーならではの伝統的な仏像制作は、想像以上に手間ヒマと高度な技術を要する作業だった。白埃にまみれながら制作に打ち込むベテラン職人のお話を伺いながら工房を探索してみた。
AD2世紀ころから始まったという石細工は、現代まで様々な形で受け継がれる伝統技術である。マンダレーの「Chan MyaThar Si」地区には、この石細工の工房が集まっており、飛び散る石粉の中で、一体一体丁寧に仏像が彫られていく。大小の仏像に交じって、8曜日にまつわる動物たちの石像も創作されている。
主な原材料は大理石である。マンダレー近辺のマッタラー町から仕入れられ、完成品はマンダレー市内のチャンミャタージー地区に集まる仏像販売店に納入されている。
「重要で難しい部分は、やはり『顔』ですね。仕入れた大理石の大半は大まかな原型にはなっていますが、細かい顔の表情や造作を彫るのは相当な技術を要します。」と、ベテラン職人の一人、Ko Min Min さんは語る。この工房では顔の造作に加え、ご神体の彫刻や仏像としての威厳や神聖な特徴を出すための入念な研磨や塗装が行われている。 「僕は10歳からこの石細工の工房に入りました。現在は30歳ですが、この工房では経験が長いといえるでしょう。古い職人は退職した方もいれば、すでにお亡くなりになった方もいますから、20年も職人をやっている僕は熟練の部類に入りますね。」と、KO Min Minさんは胸を張った。
昔は主として鑿(のみ)だけを使って彫っていたので手間がかかったという。しかも鑿の扱い方を一歩間違えば、その仏像は市場には出せず、廃棄せざる負えなかった。しかし現在は電動工具を使うようになり、ミスも減り、かって一体に1か月かかった制作時間が約半月に短縮された。
顔の造作や表情を彫るのに最低10年の経験が必要だという。Ko Min Minさんも師匠のもとへ弟子入りし修業したが、師匠はそう簡単にはコツを教えてはくれなかったという。
仏像の表情はその巧の心が投影されるからだという。だから10年間、師匠の創作する様子を脇でじっと伺い、そのあとで練習を繰り返したそうだ。「僕の場合は結婚を契機に独立しました。自分の工房を立ち上げ、石細工職人として生計を立てるようになりました。」と、彼はその苦難の道を振り返った。
しかし、現在は男性職人だけはでなく、この世界に女性職人の姿も見られるようになった。巧の技にを魅せられてくる女性も増えてきているという。女性でも一流職人になれば、技術一つで十分生計が成り立つようになったからだという。
大理石の仏像を彫る石細工職の中でも、顔の部分を彫る優秀な巧が、やはり収入が一番高いという。その報酬を聞くと、41~2ft高さの仏像ならば一体2万5千ksだそうだ。定給制ではなく、納品数によって決まるという。また、この業界では、一般の組織のように社長、社員という呼称はなく、見習い工と職人という区別で運営されているそうだ。 埃にまみれた過酷な職場でマスクもつけずに一途に創作に打ち込む職人たちの表情は真剣そのもの。少々心配になった。
「もう慣れましたね。何年間も埃まみれの生活をしてきましたから。先代の師匠たちもこの環境の中でやっていましたから、別に気にもしていません。」と、明るく語ってくれた。
「仏像の顔を彫るのは本当に難しい。購入する方は、まず顔を見ますからね。微笑みがあふれ出ている仏像はすぐ売れますよ。」と、最後にKoMin Minさんが笑いながら教えてくれた。

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