『坐の文明論』矢田部英正著 座り方によって変わる心身の文化

 写真を見て驚いた。異なる国の人がいろいろな座り方をしようとしている。床に座る習慣のない欧米人が一般に正座できないことは知っていたが、しゃがもうとしても脚が90度ぐらいしか曲がらない。あぐらをかこうとしても膝が横に開かない。座る文化の違いが、これほど身体機能の差につながるとは――。

 本書は日常の座り方が人々の衣服、椅子のデザインから身体感覚、精神文化にまで深く関わることを写真や図像とともに歴史的、地理的に検証したユニークな文化論である。

 対極をなすのが、地面に直接座る「床座文化」と地面より高い場所に座る「椅子座文化」だ。人類の大半は床座で暮らしてきたが、ヨーロッパと中国では椅子座が中心だった。

 椅子は古代より神と結びついた統治者の威光を示す装置であり、床座は自己と世界を一体化する瞑想修行の基本姿勢である。座り方の違いは、天を指向する西洋と、地にとどまる東洋の精神文化の違いを象徴する。

 例えば西洋医学は長時間座ることは健康に悪いとするが、ヨガや座禅など東洋の身体技法では心身の健康のため長時間座る。同じ行為に真反対の価値観が宿っているのだ。

 生活の欧米化に伴って椅子座が世界を席巻していることに著者は危機感を覚える。武道も芸道も床座が基本だが、既に日本でもしゃがめない子どもが増えている。

 つまり人間の身体の可動域は総体的にどんどん狭まっていることになる。それは私たちの精神にどんな影響を与えるのだろうか。

(晶文社 2200円+税)=片岡義博

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