森保ジャパン

 四半世紀も前のこと、日本中で幾万人が、がっくりと肩を落としただろう。1993年、サッカーのワールドカップ最終予選。残り時間わずかの場面で失点し、日本の出場権がすり抜けていった▲日本サッカー史で最大級の痛恨事という「ドーハの悲劇」だが、この時の悔しさをばねに日本サッカーのレベルは上向いた、と語る元選手らも少なくない▲当時の日本代表選手として、その悲劇を経験している。サッカー日本代表の新監督に、長崎市出身の森保一さん(49)が就くことになった。2020年東京五輪の男子代表の監督を兼ねる▲前にこう語っている。ドーハの悲劇で「サッカーをする限り、あれ以上悲しい思いをすることはない」ほどの失意を味わった。そんなどん底でも「成長しなくてはいけない」と誓い、「全て前向きに考えること」を学び、それを後輩選手に伝えていくんだと決めた、と▲広島の監督としてJ1を3度制した。広島では試合の前日、平和記念公園で祈りを欠かさなかったという、思いの深い人でもある▲代表監督として「お互いを尊重し、協力し合う」日本人の良さを生かし、攻守連動するチームをつくると誓った。ドーハに限るまい。おそらくはいくつもの失意を超え、「覚悟と感謝」で責任を全うするという森保ジャパンが走りだす。(徹)

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