三田村シズ子さんの活動

 「人からは物好き扱いですよ」と笑った-と記事に書いたのは2001年のこと。週に何回か長崎市の平和公園に足を運び、修学旅行生や一般の旅行者に声を掛ける。それから原爆の惨状を語り始める。そんな地道な活動をしている方を取り上げたことがある▲17年ぶりにその人、長崎市の被爆者の三田村シズ子さん(76)に会ってもらった。お変わりなく活動されている▲30年も続けているという、原爆を題材にした紙芝居の上演。20年以上にわたるボランティアの観光ガイド。それに平和ガイド。なぜ、こうも幅広く、根強くやれるのだろう▲昔はしていなかったこともある。被爆体験の語り伝えである。ご自身が被爆したのは3歳なので、ともに被爆した家族から聞き取ったことを基に話す▲きょうだいはがんになり、ご自身も3度がんを患った。娘さんは8年前、39歳でがんで亡くなった。放射線の遺伝的影響を疑わざるを得ない。もっと、もっと生きたかったろうに。体験に基づき核の恐ろしさを伝えなくては、と思うようになった▲前と同じことをいくつかおっしゃった。長崎へ来る人に心尽くしを、という一心で活動していること。子どもたちに、人を大切にする「心の平和」を望んでいること。そう言って柔和な笑みを浮かべたのも、前とお変わりなかった。(徹)

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