語り継ぐ原爆の実相 川崎の市民グループ4、5日に朗読劇

 戦争や核の問題に向き合うことの少なかった若者と、悲惨な体験の継承を願う被爆者が今夏、川崎市で行われる原爆をテーマにした朗読劇で共演する。本番が近づく中、若者は劇中で原爆の実相を理解していく高校生に自身を重ね、被爆者は惨劇を語り継ぐ使命感を胸に、稽古に余念がない。

 朗読劇を企画したのは2017年に誕生した市民グループ「平和を願う会」共同代表の萩坂心一さん(60)。萩坂さんは2年前、川崎市在住の被爆者らでつくる「市折鶴の会」の森政忠雄会長(85)の講演を聴いた。森政会長が、被爆に対する恨みでなく、なぜ日本が戦争に突入していったのか、そして日本の加害責任に力点を置いて語る姿勢に、萩坂さんは突き動かされたという。

 講演後、萩坂さんは知った。森政会長が市内の子どもたちに被爆体験を伝えたくても機会がなく、思い悩んでいることを。日本の加害責任から目をそらし、侵略戦争を肯定するかのような言説がはびこる昨今だからこそ、戦争の実態を若い人に伝えなければならない。萩坂さんはそう考え、森政会長に講演と演劇とのコラボレーション企画を提案。森政会長の快諾を得て、平和を願う会の創設にも至った。

 上演する朗読劇「あの夏の絵」は、広島市立基(もと)町高校創造表現科の生徒たちによる「原爆の絵」制作の実話をベースにした作品。生徒たちは繰り返し被爆者の話を聞き、現地に足を運び、被爆者に見てもらっては絵を描き直し、完成させていく。

 劇中にはこんなシーンがある。男子生徒が尋ねる。「原爆を落としたのは誰?」。東京から転校してきた女子生徒は答える。「ヒットラーでしょ」

 米国が原爆を投下した事実すら知らない女子生徒役を演じる伊東真紀子さん(24)は「自身と重なる部分が多い」と話す。昨年には父と娘の姿を通して広島の被爆者の苦悩を描いた故井上ひさしさん作「父と暮せば」で被爆した娘役を演じた。上演後、被爆者の女性が泣きながら握手を求めてきた。「演じた役の重さを実感した」。そして言う。「何か意見を言うとすぐに色眼鏡で見られる。怖いので自ら壁をつくって、社会のさまざまな問題に触れるのを避けている気がする」。自身を含め同世代の内面をそう表現する伊東さんは今、演劇を通じ、これまで進んで考えることのなかった戦争や核の問題に向き合っている。

 朗読劇には、広島で被爆した市折鶴の会の小脇貞子さん(81)も出演する。小脇さんは原爆投下後に疎開先から広島に戻り、「入市被爆」した。親戚は全員原爆の犠牲になった。「劇は私の体験と重なる。若者と一緒に演じるのは勉強になる」と意欲的だ。

 萩坂さんも、広島での被爆体験を高校生に語るおじいちゃん役を演じる。劇中、おじいちゃんは嘆く。「今の世の中はおかしくなっている。自分たちの過去がよみがえり悲しくなる」。そして自身の体験を語り伝える大切さを悟る。それは森政会長の思いとも重なると感じている。

 さまざまな世代が戦争や原爆をそれぞれの表現で突き詰めている朗読劇。萩坂さんは「戦争の記憶の継承は使命。若い人をはじめ、多くの人に見てほしい」と力を込める。

 「平和を願う会」主催の集いは、4、5日に川崎市麻生区の麻生市民交流館やまゆりで開催。森政忠雄さんの講演会、朗読劇「あの夏の絵」上演のほか、原爆写真のパネル展示やアニメ映画の上映もある。参加費は大人千円。子ども、学生は無料。4日は午後1~5時、5日は午前10時~午後5時。問い合わせは萩坂心一さん電話044(935)0313。

朗読劇「あの夏の絵」の稽古に励むメンバー=川崎市麻生区

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