「まがつび」よ

 災いの神を「禍(まが)つび」と言うらしい。広島市の平和記念公園に少女と子ジカの像があり、ノーベル賞を受けた湯川秀樹博士の一首が台座に刻まれている。〈まがつびよふたたびここにくるなかれ 平和をいのる人のみぞここは〉▲博士は終戦前、海軍の依頼で進められた原爆についての研究(F研究)に関わった。基礎の域を出なかったらしいが、「F」の文字は終生、胸に重かったのだろう。戦後、核兵器も戦争も悪だと訴え続けた▲言うまでもなく、博士の一首の「まがつび」は原爆を指す。核兵器をもう開発するなかれ、持つなかれ、使うなかれ。唯一の戦争被爆国の政府が「核兵器禁止条約」に背を向けるいま、北朝鮮が核開発をこっそり続けているとされるいま、災いの神を拒むことの意味はますます大きい▲広島で被爆73年の原爆の日が過ぎた。この日に毎年、広島の平和記念公園を訪れ、原爆で失った家族を悼んできた細越啓子さん(76)が今年は行くのを断念した、と紙面にあった▲広島県内で西日本豪雨にやられた。水が家を襲ったときの恐怖が拭えず「外に出たくない」のだという。豪雨という近ごろの「まがつび」が、原爆で亡くした家族をしのぶ訪問を阻んだ▲原爆の日は「豪雨1カ月」と重なった。まがつびよ、くるなかれ。思いをいっそう深くする。(徹)

© 株式会社長崎新聞社