〈時代の正体〉市教委、教科研のシンポの後援取り消し 「政治的中立性」理由

【時代の正体取材班=石橋 学】川崎市教育委員会が「政治的中立性を損なう」ことを理由に、教員や研究者らが参加するシンポジウムの後援を取り消したことが9日までに分かった。パンフレットに記載された「憲法『改正』阻止」の文言が後援基準に反すると判断した。外部の指摘を受けて再検討したもので、主催者は「説明不足の表現であることは確かだが、記述の変更など協議の余地はあった」と話している。

 シンポジウムは、教員や研究者、保護者らでつくる教育科学研究会(教科研)が主催し、10~12日に同市中原区の法政第二中学・高校で開かれる。学校現場の実践報告などを通じ、さまざまな教育課題を巡って多様な意見を交わす場として毎年開いてきた全国大会で、今回で57回目。

 市教委指導課が問題視したのは、五つあるフォーラムの一つ「憲法『改正』と私たちの教育」の討論内容を説明した表記。「憲法『改正』阻止、平和と人権を進める。現代の危機を切り拓く日本国憲法の価値を改めて読み解き、子ども・若者の憲法意識と教育の課題を問う」と記されており、同課は「憲法『改正』阻止という政治的な特定の主義主張に基づく内容が含まれている」と判断。「市の政治的中立性を損なうと判断されるもの」は後援しないと定める市教委の事業取扱要領に抵触すると結論付けた。

 後援申請は5月に出され、同課は6月にいったん承諾。当初の事業計画書にはフォーラムのタイトルが記載されているだけだった。7月24日以降、後援に異議を唱える電話やメールが寄せられたことから、同課はホームページ上に掲載されているパンフレットを確認。同26日に教科研側にフォーラムの詳しい内容を問い合わせた上で翌27日、後援の取り消しを伝えた。

◆議論奨励こそ責務

 後援の可否を巡り、「憲法『改正』阻止」の文言を「市の政治的中立性を損なう」と問題視した市教育委員会指導課に対し、教育科学研究会はメールでフォーラムの趣旨を次のように回答している。

 「教師が一方的に内容や価値判断を生徒に押しつけないようにすることと、生徒が自分の考えを自由に形成し、表現する自由を保障すること、という教育の政治的中立性に関する原則を深めていくことを議題にしている」「『憲法改正を討論させる授業』をどのように展開するか、憲法改正に賛成、反対の意思表明を生徒にどのようにさせることができるかなども含んで、学校現場における公共性にふさわしい授業のあり方も議論しようと思っている」

 同課は「趣旨の説明を読む限り、政治的中立性は損なわれない」としながら、「公表された『憲法改正阻止』との文言は重い」と後援取り消しを通知した。これでは何のために説明を求めたのか疑問符が付く。同課の担当者も「総合的に判断したとしか言えない」と説明するにとどまる。

 説明の不明瞭さの根本には「政治的中立性」を巡る昨今の風潮がある。護憲や政権批判をテーマにしたイベントを巡り、自治体が後援を避けるケースが続く。「政治的に偏っている」との批判が寄せられるようになったことが発端だ。

 だが、全ての個人はそれぞれ政治的意見を有している。その明示を否定的に見なせば民主主義は成り立たない。行政が担う公共的責務とは本来、差別など人権を侵害するものでない限り、政治的スタンスのいかんを問わず議論の場を提供、奨励し、民主主義や教育の自由を保障することであろう。

 インターネットで教科研のパンフレットを見つけ、市教委へ後援取り消しを求めるよう呼び掛けた男性は「後援すれば趣旨に賛同したとみるのが一般的」と話す。そうした理解が広がっていればこそ、後援は特定の意見への賛同ではなく、議論すること自体を奨励しているのだと説くべきだ。

 教科研は、後援申請の理由を「多忙さや管理強化で教員が外部の研修に参加しづらい現状がある。後援を得ることで参加を促したかった」と話す。市教委の後援要領には対象を「教育活動の振興を図るために特に奨励すべき事業」と明記する。「奨励すべき事業ではない」という判断が教育振興の機会をそぐ結果を招くという矛盾は、当局にどれだけ自覚されているだろうか。

川崎市教育委員会が教育科学研究会に送付した後援の取り消し通知

© 株式会社神奈川新聞社