東京五輪・パラ向けシンポ 元オリンピアンら“競争”のあり方探る

 2年後に迫る東京五輪・パラリンピック開幕を前に、行き過ぎた能力主義に警鐘を鳴らそうと、東京大学先端科学技術研究センターで先月、シンポジウム「日常への帰還 アスリートと宇宙飛行士の当事者研究」が開かれた。横浜市出身の野口聡一宇宙飛行士や元オリンピック選手らが登壇し、国家的ミッションを背負った人々の体や心の悩み、サポートのあり方について議論を深めた。

 主催した同センター当事者研究分野の熊谷晋一郎准教授は、冒頭、津久井やまゆり園殺傷事件に触れ、「能力のある人には生きる価値があるというような犯人の主張は到底受け入れられず、能力主義が障害者を苦しめてきた現実がある」と言及した。

 一方、五輪・パラリンピックなどのスポーツの祭典では、能力主義が先鋭化されるのも事実だ。熊谷准教授は「能力主義と一定の距離を保ちつつも使いこなす視点が、2020年に向けての熱狂の中では大切なこと」と主張した。

 バスケットボールでアトランタ、アテネ五輪に出場経験のある小磯典子と、車いすマラソンでアテネ、ロンドンパラリンピックに出場した花岡伸和がそれぞれの経験からアスリートとして感じた生きづらさを語った。

 小磯は過酷な練習や、「勝ちを意識した」過度のプレッシャーから重度の生理痛に悩まされたことを告白。花岡も「人とつながることで自分が成長できる喜びがスポーツにはあるけれど、自分が壊れるまで追い込んで競技を続けるべきなのか、スポーツをやる意味をもう一度考えるべきだ」と思いを述べた。

 パネルディスカッションでは、スポーツ選手が能力を発揮するために組織に所属せざるを得ない現状や、権威主義的な指導者に従わねばならない現実があると度々指摘された。

 野口宇宙飛行士は「宇宙飛行士は自分の失敗が死につながる仕事なので、指示に従う判断基準は明確。その点でスポーツの状況とは違う部分もあるが、能力主義や権威主義にとらわれず、本当に正しい判断なのか考えることがどこの現場でも大切だ」と語った。

 「金メダルを目指すという目標は大切だが、もしメダルをもらえたとしても、最終的には競争のためだけではないと言えるような選手をこれから育てていきたい」と花岡。小磯も「競技なので、勝つ人がいれば、負ける人もいる。勝者ばかりを礼賛しないで、スポーツをする意味を選手も応援する人も意識してほしい」と東京五輪・パラリンピック開催に向けて呼び掛けた。

 野口宇宙飛行士は、「宇宙飛行士やアスリートだけが極限的につらいわけではない。競争主義は否定できない中で、多様性もどれだけ受け入れられるかが、今のわれわれに大切なこと」と話した。

東京大学先端科学技術研究センターで行われたシンポジウム=東京都目黒区

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