お盆も過ぎて、夏休みもそろそろ終盤。
夏休みの宿題に「自由研究」というのがあったが、今思うとなかなか大きなテーマだと思った。
私もいろいろボンクラ頭なりに自由研究を発表してきたが、自由研究は日常継続して研究している未発表の作品の方がダンチで面白いものが多かった気がする。
自分地図(お気に入りの場所をイラストで地図化したもの)や共作のオリジナル連載漫画(シンデレラの登場人物が全員百貫デブだったらという物語)、マヨネーズやジャムなどを様々な調味料を混ぜ合わせた特製オリジナルソース作り。どれも親には秘密という理由があり、報告には至らなかった“ワケあり”研究だった。
たとえば、不思議味を探求し続けたオリジナルソース作り。
コトの発端はテレビのあの料理番組だった。

キューピーさん人形から始まるあの『キユーピー3分クッキング』という料理番組。キューピーさんの鼓笛隊とマヨネーズの容器の赤い蓋とコロンとしたカタチ、星型の絞り口がお気に入りだった。

番組が始まると、テレビの前でままごと道具を広げて料理の先生のマネゴトをする。
昭和40年代、核家族化された小さな家の中で、台所は母の根城だった。
母の聖域である台所。いくら女同士とはいえ、並んで調理を手伝ったことはほとんどなかった。
だから、ママレンジのようなおもちゃで料理ごっこするか、公園でままごとをするしかなく、オリジナルソース作りは食いしん坊の私にとっての秘かな愉しみでもあった。
しかも当時この3分クッキングの前の時間に放送していたのが、幼児向け番組の『ロンパールーム』。
ロンパールームのおもちゃ(にこちゃんグッズ、ギャロップ木馬やパンチボール、お天気みどりちゃんなどなど)のすべてが大好きだったし、いろんな遊びの歌は今でも記憶にあるほど。パンチボール遊びやニコちゃんの歌、ボールの歌「ついてとってついてポン」などなど。
テレビの前でお行儀よくしていれば、魔法の鏡を通していつか自分の名前が呼ばれるんじゃないかと、そんなまさか?!と、ひとりドキドキしたり。
おやつの時間にコップで何か(多分ミルク?)飲めばこちらも飲む。テレビのスタジオの向こう側とテレビを観ているこちら側。そのなんともアナログな双方向性がとにかく面白かった。

そうかと思えば、すぐにあのテケテケテケテ♪のおもちゃの兵隊のマーチと共に『キユーピー3分クッキング』が始まるので、今度は料理人の真似っこごっこ。そんな子どものひとり劇場。しかしそれも今思えば、とっても至福な夏休みの記憶である。
当時、甲州街道沿いの仙川にあったキユーピーマヨネーズの工場。
「ほらキューピーさんのマヨネーズ工場だよ!」と親から指さされるたびに、不機嫌に唇を尖らせた。
あんなに愛らしいキューピーさんが? こんな暗い雰囲気の工場で?マヨネーズをこさえている?
そんなわけない!と、怪訝に思っていた幼少時代。
私のイメージは、ロアルド・ダールの『夢のチョコレート工場』じゃないが、そんな夢のようなマヨネーズ工場。「おもちゃの兵隊のマーチ」の調べに乗ってキューピーさんたちが楽しそうに美味しいマヨネーズをせっせとこさえている、夢のマヨネーズ工場だ。
だから、あの仙川工場のキューピーさんをみるたびに、車窓からキューピーさんをこっそり応援していたのだ。
現在、その仙川工場跡地には「キューポート」と呼ばれる研究開発・複合施設が出来、しかもそこには「マヨテラス」と呼ばれる素晴らしい見学コースがあるというので、早速予約。
汗ふきふき、仙川までキューピーさんに会いに行って来た。

正門をくぐり、青々と綺麗に刈り込まれた芝生の先を行くと、キユーピーマヨネーズの袋を彷彿させる網目状の外壁デザイン。一階にあるマヨテラスに入ると、たくさんのキューピーさんたちがお出迎えしてくれた。照明も野菜をかたどった椅子たち、テラス全体がマヨネーズ一色。その徹底ぶりに思わずニンマリしてしまうほど。
甲州街道沿いの昭和のあの暗い工場のイメージから一転。
背徳感など微塵も感じられぬ、まさに私が想像していた通りの“夢のマヨネーズ工場”になっていた。
見学コースには数名の大人たちや家族連れに混じって、中学生の男女がいた。これこそ自由研究目的だろう。
彼ら数十名に混じって、いよいよマヨネーズの世界へ。

マヨテラスでは、マヨネーズの歴史、美味しさの秘密、種類、製作過程などマヨネーズについての様々なことについて教わりながら、体験できる仕組みになっていた。
一番のツボは「マヨネーズの気分になって」というガイドのお姉さんの呪文のような言葉。
アントマンやミクロイドSじゃないが、まさかマヨネーズの気分になるとは。
人生何があるか本当にわからない。ちょっと恥ずかしけど、ここは思い切りマヨネーズの気分になろうじゃないか。
マヨネーズドームと呼ばれる、マヨネーズ型のブース。
なんと実際のマヨネーズの約50倍のサイズで、椅子の色もマヨネーズ色。
ここではマヨネーズの美味しさの秘密やいろんなマヨネーズの種類などを教わり、たっぷりとマヨネーズの気分に浸ってみる。
次はファクトリーと呼ばれるコーナー。
実際体感した方が面白いので、詳細には触れないが、とにかく、さっきまでマヨネーズの気分だったはずが、今度はマヨネーズを作るキューピーさんの気分に変身。
ここでは、マヨネーズの製造過程で卵がいかに余すことなく使われていることやマヨネーズの賞味期限などを教わり、ちょっとした体験ゲームやなぞなぞ、仕掛けもあり、小さい子どもでも飽きることなく、楽しめる。
さて、最後はお楽しみの試食コーナー。
ひとしずくの汚れもない清潔なキッチン。
ここでは、サラダとマヨネーズの試食が食べられる。
テーブルには、バリエーション豊かな調味料やドレッシングのキユーピー製品がずらりと並び、各々に1本のマヨネーズとサラダが用意されていた。
それらを使って自分で好みの味を作りながら試食するのだが、これこそあの夏休みの自由研究だった。
当時とやってることはほぼ変わらないじゃないかと苦笑しながら、一緒に参加したひとやガイドさんとおしゃべりして、マヨネーズとキユーピー製品のお土産をいただき、試食タイム終了。
凝った作りの様々なブースにも飽きることなく、約90分の見学コースを堪能。

マヨテラスの前の青い芝生をテケテケ歩いてゆくとまたしてもマヨネーズ気分な売店がある。
そこではキユーピー・アヲハタ製品をはじめ、キューピーさんグッズや限定商品も販売していた。
私はマヨネーズ色のハンドタオルとキューピー柄の保存袋を購入。

さらには、『3分クッキング』のスタジオ風景のジオラマ、当時の台本や番組の歴史も見られる。
番組放送開始の60年代から現在に至るまでの日本の食卓の風景がわかる年表が面白かった。
レシピが5人前から4人前に変わったり、カラー放送の開始、ファミレスやハンバーガーチェーンの流行から見える家の食卓のメニュー、バブル期に流行った食材、オリーブオイルやエスニック調味料など、その時代とともに変化してきた食卓の風景の遍歴はちょいと興味深かった。

誰かと食べる。
現在、日常的に誰かと食卓を囲む機会があるひとびとが果たしてどれほどいるだろうか。
食卓を囲むということ。
これからの時代、そんな当たり前のようなことですら、とても大事なことになるのではないかしらと、思ってみたり。
マヨネーズは乳化が大事。
一見混じり合いそうもない関係性も、乳化されたことによって、まろやかな美味しい関係になる。
そんな美味しい話をそっと教えてくれたような、キューピーさん。
時計台の上でくるくるまわる愉しげなキユーピーさんに「ありがとう!」と大きく手を振り、食卓のある家に私はかえった。
