停滞するユーザー体験 〜ウェブはまだ「ウェブ以前」のまま

By 中瀨竜太郎

前回までの記事で見てきたように、「誰でもメディア」という完全自由市場は、さまざまな問題を引き起こしています。それはメディア事業者に対してだけではなく、ユーザー体験についても起こっています。


 ウェブにおけるユーザー体験の毀損、停滞は、WELQ問題に象徴される「SEOハック」による検索結果の“汚染”にとどまりません。むしろ、ユーザー自身が問題視できないほど「当たり前」になってしまっている体験の中にも、大きな問題があると言えます。なぜなら、「こんなものだろう」と納得してしまえば誰もそこを解決しようと取り組まず、ずっと停滞し続けたままウェブの理想に近づけないためです。

 たとえば、Yahoo!ニュースなどのコンテンツページで記事本文の段落間に「写真を見る」というようなリンクをよく見かけます。Yahoo!ニュースの配信仕様を活用して、配信メディア側がフォトアルバムページなどへの誘導を行っている事例ですが、ユーザーはなぜ最初からそのフォトアルバムが含まれたリッチなページが見られないのでしょう?
 あるいは、本文中に「動画はこちら」という文字列だけがあって、何のリンクもないケースもあります。ほかにも、「以下の動画では」など書かれている「以下」には動画の埋め込みも何もない、といったページにもよく出会います。
 これはYahoo!ニュース批判の記事ではありませんから、こうしたことはLINEなどでも日々同様に起こっていることを書き添えておきますが、いずれにしても、なぜウェブ誕生から25年以上たった2010年代後半にもなって私たちはこんなにもアナクロでどうしようもないメディア体験をしなくてはいけないのでしょうか。

 それは、私たちがウェブ本来の特性を生かしきったメディア形態を発見できず、紙媒体の模倣で流通拡大をはかる誤った商流を作ってしまったからです。
 ウェブでは、URL一つでコンテンツ流通が行われるのにもかかわらず、紙の時代と同じようにコンテンツ全文を相手先事業者に配信してしまう。そして、配信元事業者と配信先事業者の間でコンテンツ表現仕様の差がありながら、その仕様差にきちんと対応する手間に見合ったコンテンツ提供料の支払いがないことによる手抜きが起こっていたり、それを背景にしたコンテンツ提供社サイトへのリンクバックという“おためごかし”の取引が行われていたりすることで、上述のような時代遅れのユーザー体験が20数年も放置されているのです。

紙を模倣しただけのウェブ

 ウェブ本来のメディア形態、ということについて、二つの引用をします。

マーシャル・マクルーハンも言っているように、新しいメディアの初期の形は、それが代替した古いメディアを模倣する。

ウェブページは大昔からあるようにも思えるが、最初に作られたのは1991年8月6日である。25年にも満たない過去のことである。
いま私たちが知っているウェブは、単に例外だったのかもしれず、まったく異なる方向に行くはずだったものが最初に回り道をしただけなのかもしれない。

この二つから言えることは、おそらくウェブはまだ「ウェブが代替した古いメディア(≒ページ型のメディア=紙媒体)を模倣している初期の段階に過ぎない」ということです。

 また、以下は、「GitHub」という発明に関する文脈で書かれた論ですが、同様の指摘をしているものと考えます。

ワープロやメールなどの初期のITは、全部紙でやってたことのシミュレーションだ。同じことをやってもコンピュータ上のシミュレーションでやるといろいろ便利になる。最初にそれをやるのは正しいし、それは大きな進歩だ。
コンピュータとインターネットは、情報をシェアするために使うべきで、紙のシミュレートをしていいのは、ごくごく特殊な状況のみなのだ。

 紙のメディアパッケージングと流通の手法をウェブサイトやアプリというかたちで踏襲したせいで、ウェブが本来持つ情報流通のポテンシャルは停滞したままです。チームラボの猪子寿之さんも、以下のように語っています。

 インターネットができた時も、世の中の人は皆、二次元で考えていたから、ついついトップページがあって、そこから階層的な二次元構造でポータルをつくってしまった。でも見る人も二次元でしか考えていないからわかりやすかったはずです。
 で、その後に出てきたグーグルがやったことは何かっていうと、単語の数だけ次元をつくった。単語の数だけ次元数を上げて、階層構造から多次元構造に変えた。ウィキペディアなんかもそうで、誰もトップページなんか見たことないですよね。

ウェブサイトのオーナーは、トップページ、カテゴリページ、コンテンツページという階層構造を持ったウェブサイトを構築するそばから、その解体方法をサイトマップ(sitemap.xml)に記してGoogleに渡しています。Googleに壊してもらうために作っている、ということは、人間はまだウェブがもたらした新しい流通に適したメディア構造を構築できずにいる、ということではないでしょうか。

 これから、IoTやウェアラブルデバイス、AR/VRの普及に伴い、ウェブサイトというページ型メディアは相対的に存在感を弱めていくでしょう。ウェブサイトのPVや滞在時間をKPIとして持つ現在のデジタルメディアの大半は、その運営体制を大幅に見直さなくてはいけなくなるはずです。

 私たちは、そうした未来に備え、現在のウェブが持つ構造問題「ウェブ地獄」をなくして、新しいメディア形態を作っていかなくてはならないと考え、ノアドットを立ち上げました。

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