『ブルーハワイ』青山七恵著 日常から少し、逸脱する

 個性は、他者との距離の取り方、関係のつくり方にこそ表れる。 青山七恵の小説集『ブルーハワイ』に収められた6編は、人間関係の微妙な距離感に光を当てる。かつての先生と教え子、いとこ同士、おばあちゃんと孫…。

 表題作に登場する優子は、ほとんど本音を口にしない。その場の雰囲気に合わせて、意に沿わないことがあっても、ただ笑っている。職場の先輩、吉永さんが示す好意にきちんとノーと言うことさえできない。そんな優子の惨めで物憂い気持ちが、夏祭りで手にしたフラッペで表現される。

 先に会場に着いていた吉永さんがフラッペを二つ手にして待っているのを見て「まわれ右をしてそのままバス停に向かいたくなった」のに、そうしない。「真っ青なシロップを大量にかけられ、ほとんど白いところがみえないフラッペのカップは、水滴まみれでべにょべにょだった」

 途中、トイレに立った優子は「先生」と呼ばれて、ぎくっとする。教育実習の時の教え子、ミナイだ。優子は実習の後、東京で教師になったが、半年ほど前に挫折して郷里に戻ってきた。今は通信販売でマスコット人形を売る会社に勤めている。

 夏祭りのあった日の次の週、出勤するとミナイがいた。アルバイトとして入ったのだという。職場で言いたいことも言えず、吉永さんへの態度も曖昧にしていた優子が、ミナイの登場によって変わっていく。

 ミナイが語る過去を優子は忘れていた。当時いじめられていたミナイに優子は「わたしは生まれてから一度も、だれとも、けんかをしたことがない」と言ったのだ。「大声をあげたり、ほかのひとにかみついたりするのは、できればやりたくないよね」「わたしたちみたいな、りっぱじゃない、気の小さい人間ばかりいる、秘密の花園みたいなところがあったらいいのにね」。ミナイを励ました過去の自分の言葉に、そしてミナイという存在に背中を押され、優子は小さな一歩を踏みだす。

 家族の中で最も存在感の薄い三女、梢が主人公の「辰年」。梢は長女の元夫を慕う薄暗い気持ちを原動力に、思い切った行動に出る。

 長旅の間に亀裂が入った友情とその後の展開をユーモラスに語る「聖ミクラーシュの日」。痛烈な言葉をぶつけ合うが、互いの焦燥や孤独を理解し合っているいとこ同士を描く「山の上の春子」。どの作品も、冴えない日々を送る女性たちの心に泡立つ思いが繊細につづられる。

 彼女たちは、他者との関わりの中でほんの少し、変わる。日常からほんのちょっと、逸脱するのだ。その瞬間を、作家は逃さない。

 最後の一編「わたしのおばあちゃん」には胸が締め付けられた。幼い頃、おばあちゃんの後を追い回し、トイレにまで一緒に入った「わたし」。大人になって好きな男性はできたけれど、トイレの中まで一緒にいたいと思ったことはない。「このことを考えると、いま、わたしは、わっと泣きだしたいくらいの敗北感を覚える」

(河出書房新社 1550円+税)=田村文

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