世界のサッカー界は2008年に転換期を迎えた。
それまではフィジカル重視で守備的なサッカーがトレンドとなっていた中、『クアトロ・フゴーネス』(4人の創造者)の異名をとるシャビ・エルナンデスやアンドレス・イニエスタ、ダビド・シルバやセスク・ファブレガスという小柄な技巧派MFを軸としたスペイン代表が、華麗なパスワークでEURO(欧州選手権)を制したのだ。
そのEUROを制した直後のシーズン、シャビとイニエスタは当時の所属クラブであるバルセロナで歴史的なシーズンを送る。
ジョゼップ・グアルディオラ新監督の下でリーガ・エスパニョーラとコパ・デル・レイ、UEFAチャンピオンズリーグの3冠を成し遂げるのである。
その後、バルセロナはグアルディオラ監督の下でリーガ3連覇と2度目のCLを制覇。
そのバルセロナ勢を多く揃えたスペイン代表は、2010年のW杯で初優勝し、2012年にはEUROを連覇した。
国際主要大会“3連覇”の偉業を果たし、黄金時代の到来と共にそのスタイルが全世界に広まっていったのである。
「衰退」ではなく「停滞」しているパスサッカー
しかし、グアルディオラが退任したバルセロナはライバルチームによる対策が進み、主力選手の高齢化も重なって停滞。
ルイス・エンリケ監督の下で2014-2015年シーズンに再び3冠に輝いたものの、そのサッカーはアルゼンチン代表のリオネル・メッシ、ブラジル代表のネイマール、ウルグアイ代表のルイス・スアレスという南米3トップの個人技を活かした戦い方にシフトしていた。
そして、“メッシ抜きのバルセロナ”とも言えるスペイン代表は、2014年のブラジルW杯で屈辱のグループステージ敗退。2016年のEUROや直近のロシアW杯でもベスト16止まり。
バルセロナにそのサッカーを移植した故ヨハン・クライフのオランダ代表、そしてアヤックスを始めとしたオランダサッカーの低迷はさらに深刻だ。
そんな「パスサッカーの限界」が顕著となっているのが現在である。
もちろん、それは単にスペイン流のパスサッカーが衰退したわけではなく、その攻撃サッカーが守備戦術の発展を促し、現状はその徹底された守備戦術が勝る時代に入っているだけの話だ。
今後、2008年以降のスペイン代表とバルセロナのように、現在の緻密な守備戦術を凌駕する攻撃サッカーを展開するようなチームが現れ、歴史は再び転換点を迎えるだろう。
ハイプレスと守備ブロック…バルセロナの「対処法」とは
高度になっていく現在の守備戦術の中は、大まかに2つに分類することができる。
1つは、FWが相手陣内から積極果敢に激しくプレスをかけ、後方選手も連動していく「ハイプレス」。
もう1つは、4バックをペナルティエリアの幅から動かさずに、サイドの守備をサイドMFにプレスバックさせて瞬間的な6バック化も伴う「守備ブロック」だ。
最近はこの2つを試合展開や時間帯別に併用しながら組み合わせるチームも多く、守備戦術のさらなる発展を顕著にしている。
そんな中、昨シーズン開幕直前にネイマールを引き抜かれたバルセロナは何をしているのか?
昨季はアタッカーの個の能力で上回るレアル・マドリーにCLのタイトルこそ奪われたものの、リーガとコパの2冠は達成している。
就任1年目で2冠を達成しながら「メッシ依存のサッカー」「現実的過ぎる」との批判もあるエルネスト・バルベルデ監督のバルセロナは、グアルディオラ時代のような華麗さは確かにない。
「バルセロナのサッカー」を唯一体現していたイニエスタが退団した今季は、そのアイデンティティの危機が叫ばれるのも無理はない。
バルセロナの進化は「攻撃の起点」にあり
ただし、現在のバルセロナは試行錯誤しながらも進化しようとしているのかもしれない。
クライフが指揮して1990年から1994年までリーガ4連覇を果たした「ドリームチーム」は、他チームならトップ下の選手にゲームメイクを担当させる中、中盤の底に位置するピボーテ(ボランチ)のグアルディオラが担っていた。
そのグアルディオラが監督となった2008年以降の黄金時代には、ジェラール・ピケやラファエル・マルケスなどのセンターバックが攻撃の起点以上の役割を担う司令塔役を務めた。
実際、グアルディオラは試合途中にCB同士を交代することもよくあり、その理由について「攻撃のリズムを変えるため」と言葉にしていたほどだ。
そして現在、その攻撃の起点はさらに下がって、GKのアンドレ・テア・シュテーゲンとなっているのではないか?
未来のパスサッカーには、空中戦も必要?
ハイプレス戦術を採用するチームが増えたことで、バルセロナは中盤の選手にショートパスを繋ぎ続けるスペースが皆無になってきた。そこでGKのテア・シュテーゲンにバックパスする機会が圧倒的に増えているのだ。
しかし、単にバックパスを選択しているわけでもない。MF陣が中盤でのショートパスを諦めているわけでもない。
彼等は前線から人数を割いてプレスしてくる相手選手を誘い、相手チームの陣形を間延びさせるためにGKへバックパスをし、テア・シュテーゲンの高精度フィードによるロングパスを相手DFラインの前に出来たスペースへ送り込んでいるのである。「DFライン裏」ではなく、「DFライン前」に。
もちろん、テア・シュテーゲンからのロングパスは浮き球となり、空中戦となることも多い。だからこそ、昨季はブラジル代表のパウリーニョ、今季はチリ代表のアルトゥーロ・ビダルという屈強なMFを獲得しているのではないか?
もしかすると、「パスサッカー=グラウンダーのショートパス」という固定概念を打ち砕く必要があるのかもしれない。現在のバルセロナにはそんな近未来のパスサッカーの可能性を見出してもらいたい。
近未来のサッカー、理想の“10番”は「ジダン」だ
パスサッカーがショートパスに限らないものとなれば、前線に配置する選手の質も変わってくる。
現在のサッカー界では最前線を張る1トップに長身の屈強なセンターフォワードが重宝されるが、むしろ縦パス1本で裏を取られる危険を感じさせ、相手の陣形を間延びさせるためのスピードスターが必要になるのではないか?逆にトップ下や攻撃的MFに長身選手を置きたい需要が生まれるのではないか?
「長身FW+その周りを衛生的に動き回るシャドー」という組み合わせから、「スピード系FW+屈強な攻撃的MF」へ。かなりサッカーは変化しそうだ。
この仮説が正しければ、長身ながらエレガントなプレースタイルを持っていたジヌディーヌ・ジダンやデニス・ベルカンプなどは、この近未来のサッカーでその才能がさらに輝きそうな気がする。
必要なのは、積極的なGKへのバックパス。そして、GK自身のフィード能力やゲームメイク力。いよいよサッカーに置ける最後のスペシャリスト=GKまでがオールラウンドな能力を要求される時代へ。
バックパスやGKのキック1つから楽しみたい。実際、テア・シュテーゲンやマンチェスター・シティのブラジル代表GKエデルソンの“ゲームメイク”は面白い!
筆者名:hirobrown
創設当初からのJリーグファンで、各種媒体に寄稿するサッカーライター。好きなクラブはアーセナル。宇佐美貴史やエジル、杉田亜未など絶滅危惧種となったファンタジスタを愛する。中学・高校時代にサッカー部に所属。中学時はトレセンに選出される。その後は競技者としては離れていたが、サッカー観戦は欠かさない 。趣味の音楽は演奏も好きだが、CD500枚ほど所持するコレクターでもある。
Twitter:@hirobrownmiki