語られなかった韓国民主化闘争 チャン・ジュナン監督インタビュー

 民主化闘争に揺れる1987年の韓国で起こった大学生拷問致死事件の全貌に迫る映画「1987、ある闘いの真実」。これまで語られなかった事件の詳細を丁寧に描いたチャン・ジュナン監督(48)は「次の世代に贈る大きなプレゼントのつもり」と語る。

 バブル景気に浮かれていた87年の日本。地価が高騰し、ワンレン、ボディコンが流行した。その同じ年に隣国の韓国では、強圧的な軍事政権下での民主化闘争が激化していた。

 ソウル大の学生パク・ジョンチョルが警察に連行され、取り調べ中に急死。警察は心臓まひと発表したが、新聞が「拷問中に死亡」とスクープ。国民の怒りが爆発し、政権を倒す大きなきっかけとなった。

 映画は、この実話に基づき、真実を求める人々と国家との息詰まる闘いを描いており、キム・ユンソク、ハ・ジョンウ、ユ・ヘジンらが迫真の演技を見せる。

 87年当時、チャン監督は高校3年生。道徳の授業で「なぜデモが悪いのか」をテーマに討論を行った。「大学生があのように闘うのは、何か理由があるはずだ、と疑問を投げ掛けた。その時の気分悪そうに私を見つめる教師の視線が忘れられない」と振り返る。

 また、友人と訪れたカトリック聖堂で、80年の光州事件の映像を見る機会があった。民主化を求める光州市民らのデモ隊を警察や軍隊が武力で鎮圧。多数の死傷者が出た実態を国が隠し、現場に潜入したドイツ人ジャーナリストが撮影した映像で、真相が明らかになった。

 「とても怖かったし、韓国で起きたことだとは信じられなかった。さらに、誰一人として、これは事実だと語らないことに、とても衝撃を受けた」

 この二つの記憶が、この映画を作る“種”になったという。子どもを持ち、育てる身になり、子どもたちに何を伝えていくべきかにも強い関心を持っていた。

 「87年に起こった事は大きな足跡にもかかわらず、これまで全く語られてこなかった。子どもたちに真実を伝えなければと思った」

 製作に取り掛かったのは朴槿恵(パククネ)前政権の頃。政策に反するコンテンツに不利益を与え、活動資金を断ち切るなどの巧妙な弾圧があったため、慎重に動いた。後日、意に沿わない文化人を載せたブラックリストの存在が明らかになった。

 「そのリストに私も妻のムン・ソリ(女優)と一緒に載っていて驚いた。政府がリストを緻密に管理している、という印象を受けた。三十数年前と同じような弾圧を巧妙に行っていたとは」と憤る。

 そんな状況下で、製作への賛同をいち早く表明した俳優のカン・ドンウォンには「ありがたい気持ち」を抱く。カンは、デモ中に警察の催涙弾が頭部を直撃して亡くなった実在の大学生イ・ハニョルを熱演。完成後、ソウルでの舞台あいさつで「今も心が痛い」と涙するほど真摯(しんし)に取り組んだ。

 二人の大学生については教科書に載っているが、韓国の若者たちも事件の詳細を知らない人が多かったという。「87年当時、民主化運動をしていた母親と一緒に見た娘が、母親に抱きついて泣きながら『ありがとう』と言った、と聞いて、この映画を作ってよかったなと思った」とほほ笑んだ。

 9月8日から、横浜のムービルと小田原コロナシネマワールドで上映。2時間9分。

「登場する一人一人が主人公。重要でなかった俳優はいない」と話すチャン・ジュナン監督=東京都内

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