多くのランナーとボランティアが参加する東京マラソンの安全対策について説明する酒井氏
2007年から始まった東京マラソンは、これまで1度の中止もなく2019年の大会で13回目を数えます。主催は一般財団法人東京マラソン財団、共催は東京都、日本陸上競技連盟(日本陸連)、読売新聞社、日本テレビ放送網、フジテレビジョン、産経新聞社、東京新聞になります。前回の協賛社は31社でした。
これまでの開催は2月の最終日曜日でしたが、2019大会から3月の第一日曜日に変更になります。ランナーの定員は2000人増やし、3万8000人となります。制限時間が7時間で、国内で最も長く交通規制を敷く大会でもあります。
東京マラソンは、多くのランナーに加え、延べ1万1000人のボランティアと約6000人の警備員、財団職員、その他にも警視庁や東京消防庁だけではなく医療、行政関係者、そして設営撤去担当の企業などを含めた多くの方々の協力で成り立っています。そしてその観衆は毎年100万人を超えています。競技場や球場で行われるスポーツと比較すると、観衆が非常に多い、桁違いな規模の大会だと理解いただけると思います。
ボストンマラソン爆弾テロ事件でテロ対策を強化
東京マラソンとしてテロ対策の強化に努めるようになったのは、2013年4月に起こったボストンマラソンでのテロ事件発生を受けてのことです。100年以上の歴史があり、アボット・ワールドマラソンメジャーズの1つでもあるボストンマラソンのフィニッシュ付近で爆発が起こり、3名が亡くなりました。多くのランナーがフィニッシュするタイミングを狙ったテロでした。
テロ後の2013年6月に警備・救護強化プロジェクトを立ち上げました。東京都と日本陸連の他にも東京陸上競技協会、警視庁、東京消防庁、東京都医師会、東京都防災救急協会の協力をいただき広報啓発活動、警備強化策を検討しました。
2013年12月にはテロ対策合同訓練を行いました。ボストンマラソンのテロ事件のように、想定したのはフィニッシュ付近での爆弾テロ。ボランティアを含め600人に参加いただきました。2014年大会では監視カメラを設置し、また金属探知機による手荷物検査も実施しました。ただし、スタートエリアの交通規制がはじまってからの1時間30分で3万6000人を検査するため、初年度は混乱を招く結果となりました。この点は年々改善を図っています。情報連絡の体制を強化するために、広域無線を利用しはじめたのも2014年大会からです。
さらなる対策強化へ
現在、監視カメラ台数は当初の10倍以上に増やしました。設置場所はスタートとフィニッシュ、そして観衆の集まる銀座や浅草などが中心です。ウェアラブルカメラを携行した警備員による巡回の実施や、ドローン対策もスタートしています。
安全対策の1つとして車両突入防止用の資機材も導入しています。また、参加ランナーは顔写真の登録とセキュリティバンドの装着を義務づけています。
都市型市民マラソンはリスク対策が難しいイベントです。まず、観衆を合わせると100万人以上にも上ると見積もられる人たちをどう管理するか。重ねて制限時間が7時間と長く、ランナーや観客はどんどん移動します。また何らかの事情でレースが突然中止になれば、寒さで低体温の危険も出てきます。
自然災害対策
都市型市民マラソンのリスクとしてまず挙げられるのは自然です。2014年の青梅マラソンは雪で中止になりました。昨年の横浜マラソンは台風で中止。台風や雪ならば事前に中止の判断ができますが、開催中に大規模地震が発生したらどうなるでしょうか。3万8000人のランナーと観衆の対策が大きな課題です。海外では2012年にハリケーン・サンディの被害のため、世論の声におされる形でニューヨークマラソンが中止になりました。
自然災害に次いで都市型市民マラソンのリスクとして挙げられるのがテロや事件、事故です。欧州で散発する車両突入もそうですが、博多で起こったような道路の陥没も公道を使った大会では見過ごせないリスクになります。
危機管理体制
東京マラソンで具体的なリスク対策を検討するために設置したのが危機管理運営等検討部会です。部会にはマラソンコースがはしる7区の危機管理担当の方に参加いただきました。また、マラソン中止時に3万6000人もの人が移動するので交通事業者の方にも参加いただきました。
部会では、緊急事案発生時の対応、発生時の連携運用手順の構築、テロ予告の対応やメディア対応などを話し合い、この部会の成果などを踏まえて危機対応マニュアルを作成し継続的に見直しています。マニュアルは、東京マラソンのリスクと危機対応体制、大会運営に関わる危機対応、そして危機発生時の対外公表についての全3部構成になっています。
東京マラソンの運営に参加する全スタッフおよびボランティアが緊急事態発生時に遵守すべき3大原則として掲げているのが「(1)ランナースタッフの安全確保を最優先」「(2)スピード、正確、役割の明確化を常に念頭に置いて対応する」「(3)健康被害、大会運営の支障につながりそうな事象・トラブルを発見したら速やかに報告する」ことです。
マニュアルには、大会続行に影響を与えるリスクを洗い出して、具体的にどんなことがリスク事案に該当するかを明示しています。リスク事案は開催決定後と開催決定前とで分けています。各重要リスクの中止判断基準も示しています。
地震なら震度5強以上。それ以外の自然災害も警報などの判断基準を明記しています。レース続行または中止はなるべく迅速に判断できるように定めてあります。判断後の連絡先や判断者が不在のケースなどのオペレーションまで決めてあり約60ページのボリュームになります。
ボランティアの協力
リスク対策の一環として、ボランティアやランナーのみなさんにも協力を呼びかけています。ボランティアリーダーの方々に緊急事態発生時に協力いただけるかアンケートをとったところ協力するとの回答は98%でした。協力いただける範囲は避難誘導やランナー停止のアナウンスなどでした。
ボランティアにはランナーを安全に止めるための声がけや一時避難所への案内誘導、怪我人を発見したときの対応もお願いしています。事件、事故の未然防止に不審者や不審物を発見したときの連絡先やチェックリストもお渡ししています。爆発物を発見した時の対応などを学ぶ危機管理講習会や普通救命講習会にもご参加いただいています。
ランナーの方々には安全対策上の協力を求めています。持ち込み禁止物やセキュリティ対策の一環としてリストバンドの装着と顔写真の登録を出走の要件としています。リストバンドは大会3日前からはじまるランナー受付で本人確認を行った後に装着してもらい、大会終了まで外せません。
万が一、レース中に何か起きたときのために携帯電話と交通系ICカードの携帯を推奨しています。携帯電話は緊急時の連絡用。また、レースが途中で中止になっても帰宅できるようにICカードの携行をお願いしています。また、安否確認のアプリも導入し、出走者自身の携帯電話にインストールしてもらいランナーの入力内容が運営にダイレクトに届くシステムになっています。2018年にはJアラート発報時の対応にも協力していただきました。
今後の課題は、多様化するリスク対策の取捨選択です。サイバーテロや地震以外にも様々な対策が求められています。また主催者としての責任範囲についても議論があります。セキュリティレベルは下げられないので、今後も対策のための収入の確保が非常に重要になります。
(了)