MotoGPコラム:4輪以上に危険が伴う2輪レース。過去に例のない決勝中止に至った経緯

 イギリス在住のフリーライター、マット・オクスリーのMotoGPコラムをお届け。多くの危険が伴っているモータースポーツ。特にMotoGPは、命を失う可能性が高いカテゴリーとなっている。第12戦イギリスGPでのレースディレクションの中止判断をオクスリーが改めて分析する。

ーーーーーーーーーー

 ライダーたちは日曜にレースをすべきだった? ライダーたちは自分たちの安全についてこだわりすぎなのか?

 MotoGPはつねに危険を冒しているシリーズだ。だから我々はMotoGPを愛している。コースがより安全になり、優れたライディングギアなどがあったとしても、ライダーたちは1年の多くで今も危険に身をさらしている。

 なぜなら好天の時でさえ、大怪我や死亡事故なしにバイクで時速220マイル(約354キロ)を出し、サーキットを走行するのは偉業とも言えるからだ。

 この“奇跡”はほぼ毎戦起きているが、これにより一部の人々はMotoGPが危険ではないと考えてしまうようだ。だが信じてほしい、レースディレクターたちはほぼ毎回、日曜の夕方に安堵のため息とともにコースを後にするのだ。今回も何事もなかったと。

 しかしながら、時に物事はうまく運ばないものだ。

■命の危険が常に伴っているMotoGP

 第12戦イギリスGPは誰にとっても災難だった。特に長旅をして1日を雨に濡れ震えて過ごしたファンにとっては。彼らは選手権のなかでも最速でもっとも危険なサーキットのひとつで、なにがしかのショーを見ることを期待していた。

 しかし、ファンも、ライダーも、そしてチームも、誰もが落胆して家路につくことになってしまった。一部のファンは長いこと待たされた挙句、なんの見返りもなかったことに怒りを感じて家に帰った。彼らが怒りを覚えるのは当然だ。しかし、一番肝心なのは誰も死ななかったことだ。

グリッドにつく各ライダーたち

 MotoGPをはじめとするモータースポーツは危険と隣合わせであることを忘れてはならない。とくにMotoGPは、現在でも3シーズンに1人の割合でいまだにライダーが亡くなることがあるカテゴリーなのだから。

 荒天中止となったシルバーストンでは誰も亡くなることはなかった。だがティト・ラバット(レアーレ・アビンティア・レーシング)はイギリス・コベントリーの病院に入院し、大腿骨、脛骨、腓骨の骨折に対する治療を受けている。

 ラバットは土曜午後に行われたフリー走行4回目、ストウコーナーでの多重クラッシュで最悪の状況に巻き込まれた。当初、ラバットが負傷した右足は出血がひどく、医師は大腿動脈の切断を疑ったという。

 ラバットは雨によって生まれた小さな水たまりでアクアプレーニング現象に見舞われて、ハンガーストレートの終わりで転倒した。このときラバットには大きな怪我はなかったものの、グラベルエリアで倒れこみ動けなかったラバットに、転倒した他車が激突したことで負傷した。

 転倒したライダーにほかのマシンが衝突する事故は過去にも起きている。2010年のミサノでは富沢祥也がライバルのバイクに激突されて亡くなっている。そして同様の運命が2011年のセパンでマルコ・シモンチェリに降りかかった。一度レースに出たら、高速で走行するマシンに囲まれたライダーを完全に防護することは不可能だ。

 フリー走行4回目の終盤近く、ストウコーナーで最初にクラッシュしたのはアレックス・リンス(チーム・スズキ・エクスター)だった。彼はスズキGSX-RRがアクアプレーニングを起こしたと感じた時、高速走行中に勇敢にもバイクから飛び降りた。

「水があるのを感じたので、スロットルを切ったが、フロントがアクアプレーニングを起こしてロックしてしまった」とリンスは語った。

「ウォールが高速で近づいてくるのが見えたから、バイクから飛び降りた。そしてティトに手を振って、(フランコ)モルビデリのマシンが迫っていることを知らせようとした。彼は振り返ってバイクを見たが、回避が間に合わず、10メートル跳ね飛ばされたんだ」

 モルビデリのバイクはラバットを跳ねたとき、時速100マイル(約160キロ)に近い速さが出ていたと推測されるが、怪我をさせたのが頭ではなく足だったのは非常に幸運だった。

 ストウコーナーは恐ろしいほどに混乱していた。3人のライダーが地面に倒れ、さらに数台がコントロールを失いながら高速でグラベルトラップを走り抜けたが、幸運にも転倒はしなかった。事態はもっと悪くなる可能性もあった。あの瞬間からグランプリは危機に直面していたのだ。

 日曜日、ライダーとチームそしてレースディレクションは天気が良くなるのを何時間も待っていたが、好転しそうになかった。午後4時少し前にライダーたちは最終のセーフティ委員会のミーティングを開いた。さらに雨が降る可能性があったため、多数がレースをするのは危険が高すぎると判断し、イベントは中止されることになった。

■過去に起こった先達ライダーと主催者側の戦い

 こうしたことは、昔は起こらなかった。

 昔は、主催者たちはライダーたちにレースをするように言い、イベントは何があろうと進められた。

雨の影響で路面コンディションが回復せず中止となった第12戦イギリスGP決勝

「私が着任するまでには、もっとランオフエリアがあったが、グラベルベッドはなかった。だからフェンスが張られていたんだ。四輪の連中がクルマをスローダウンさせたかったからね」とトリンビーは語る。

「問題だったのはフェンスが木の支柱に張られていたことだ。フルッシは1983年にル・マンでそうした支柱のひとつのせいで亡くなっている。これではレーストラックのまわりに木を植えているようなものだよ! 我々はサーキット側と多くの議論を行なった。我々は自分たちで多くのフェンスを取り除くことになった」

「我々が求めていたのは、ライダーがクラッシュした後に減速させるために、徐々に崩れていくようなものだ。昔懐かしい干し草の塊のようにね。1983年のムジェロでサーキットの人たちがフェンスを取り外して我々に言ったのを覚えている。あんたたちの干し草はトラクターに積んであそこに置いてあるから、行って使いな、と。我々はそうしたよ。我々とライダーたちでね」

「1986年にIRTAが設立されて、我々には正式な窓口ができた。他のターニングポイントは、1992年にドルナが参入したことだ。彼らとの取り決めは、我々はレースをしたくない場所ではどこでもレースをする必要がない、というものだった。今では、誰かが新しいサーキットを設計するときは、我々がバイク向けに求めることを組み込んでくれる。状況は完璧とは言えないが、可能な限り近いものになっている」

 それゆえに、MotoGPは確かにそれほど危険にはならないかもしれない。なぜなら一次的、二次的な安全策がそのようなレベルにまで進化してきているから、ということだろうか? それは真実だが、今では考慮すべき新たな危険がある。

■近年のMotoGPで危険視すべきは“スピード”

 第一にスピードだ。最高のMotoGPバイクは時速350キロを超えることができる。そのスピードでクラッシュしたら、神のみもとへ行くことになる。2013年にマルク・マルケスがムジェロで時速209マイル(約336キロ)で転倒したとき、彼はバイクの右側から落ちることで、深刻な怪我を免れた。

 もし彼がコンクリート製のウォールが立ちはだかるもう一方の側に落ちていたら、何が起きていたか誰に分かるだろう。第二に、レースは現在の技術ルールのおかげで、ハンドルバーとハンドルバーが時速300キロで触れ合うような、これまでにない接近戦になっている。

 こうしたすべての理由から、一部のライダーは、“マニアック”と呼ばれるアンドレア・イアンノーネ自身でさえ、すべてが少々行き過ぎではないかと考えている。「今ではより危険になっているのは確かだね」とイアンノーネは語る。

アンドレア・イアンノーネ/チーム・スズキ・エクスター

 土曜にシルバーストンで大雨が降らなかったら、ラバットと他のライダーたちはクラッシュしなかっただろう。レースは行われ、その先にあるものは無視されただろう。雨が問題ではなかったのだ。問題はハンガーの終わりやコースの他の場所にあった水たまりにある。数百万ポンドをかけて行われたまずい再舗装の作業のせいで、雨水がアスファルトに染み込んでいかなかったからだ。

 MotoGPラウンドの数カ月前に、雨のなかシルバーストンを使用した英国モーターサイクルクラブのレーサーや、フォーミュラ・フォードのドライバーも、水たまりやアクアプレーニング現象について不満を訴えていた。

 アクアプレーニングはバイクで走行中に起きたらおそらく最も危険な現象だ。タイヤが水の上に乗り、レーストラックに接地できなくなるのだ。それは氷の層の上を走るよりも危険だ。スーパーマンかよほど幸運でもないかぎり、クラッシュする。

「スロットルを閉めたとき、6速でストレートの場所でコントロールを失った。ブレーキをかけることすらしなかった」とフリー走行4回目のストウでコースを外れたライダーのひとりであるカル・クラッチローは語った。

「明日大雨が降るようなら、誰もレースをフィニッシュできないだろう。問題なのは雨のなかを高速で走るってことだ。路面は鏡のようだったし、水も多く残っていた」

 路面の水はコース最速の部分の唯一の問題ではなかった。アスファルトは先月シルバーストンでレースを行なったF1マシンのチタン製スキッドパンや、MotoGPラウンドの前週に行われた耐久レースのマシンよってガラスのようにつるつるに磨かれていた。

 新たな路面のバンプを減らす作業が最近行われたが、問題を増やしただけだった。作業員はグラインダーでアスファルトの盛り上がった部分を取り除いたが、そのせいでグリップが大幅に減ってしまったのだ。

 重要なのは、主催者が昔のように少数のライダーたちにレースをさせ、分裂させ、グリッドを制圧することを許可しなかったことだ。もしトップライダーたちがコースがあまりにも危険だと考えたら、主催者側もあまりにも危険だと考えるべきなのだ。

 雨の中、レースが強行されていたらなにが起きたか? もしライダーたちがサイティングとウォームアップラップを行っていたら、ストウコーナーで多重事故が起こっただろう。

 24人のライダーが水しぶきのなか、すべりやすい場所でポジションを争うのだから。そしてラバットの骨折した足以上の事態について嘆くことになっただろう。

 私の計算では、2年前にカタルニアでランオフエリアに飛び出したルイス・サロムが、死亡した100人目のグランプリライダーだ。もしサロムが命を落とした史上最後のGPライダーとなったら素晴らしいことだ。だがそうはならないだろう。

© 株式会社三栄