鹿島が主催!「スポーツデジタルフォーラム2018」から見えた“デジタル活用”の現在

9月7日(金)からの2日間、「スポーツデジタルフォーラム2018」が茨城県鹿嶋市のカシマサッカースタジアムで開催された。

初開催となるこのフォーラム。主催したのは、Jリーグの鹿島アントラーズだ。

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国内のトップクラブといえる鹿島は2017年3月、グローバル戦略の一環として、初の海外拠点となるオフィスをアメリカのニューヨークに設立。人口密集地をホームとしない彼らは、よく話題となる「アジア戦略」だけではなく、より広い視野で世界を見つめている。

今回のフォーラムでは、ロサンゼルス・ギャラクシーの副会長でマーケティングやデジタル戦略を担うブレンダン・ヘイナン(Brendan Hannan)氏、さらに4大スポーツの中で今もっとも勢いがあるといって過言ではないNBAから、シカゴ・ブルズのデジタルディレクターであるダン・モリアーティ(Dan Moriarty)氏を招待。

“エンターテイメント大国”アメリカにおける最新事情、さらに積極的なデジタル戦略が光る鹿島アントラーズの取り組みが紹介されるということで、フォーラムにはサッカーのみならずスポーツに関わる様々な業界関係者が集い、100人近くが参加した。

そのスポーツデジタルフォーラム2018、『Qoly』が取材した1日目の模様について今回はお届けしたい。

最初に、鹿島アントラーズの事業部マーケティンググループ・グローバルストラテジーオフィサーでNY事務所長も務める中村武彦氏(Blue United Corporation President&CEO)、そして鹿島アントラーズの庄野洋社長が登壇し、挨拶と今回のフォーラムを開催した理由などについて語った。

理由については公式ページにも記載されている。

■Sports Digital Forum 2018

http://www.so-net.ne.jp/antlers/contents/sportsdigitalforum2018/

詳しくはこちらの「はじめに ~なぜ、鹿島アントラーズがフォーラムを開催するのか?~」を読んでいただきたいが、一部を抜粋。

2020年東京五輪を2年後に控え、日本各地ではスタジアム・アリーナ事業やデジタルマーケティング領域などのスポーツビジネスフォーラムが多く開催されていますが、今回、鹿島アントラーズがSports Digital Forum2018を開くにあたって皆さんとともに共有したいのは、抽象的な理論のみならず、実際に「どのように運用・活用されているか」という実例です。

デジタルを基盤としたJリーグの成長戦略とともに、アントラーズもデジタルへ大きくシフトしてきました。ではなぜデジタルなのか?その答えは非常にシンプルで、それは世のなかのデジタル化が進んだからです。スポーツビジネスという事業は元来、新たなビジネス領域の実験体という側面も兼ね備えており、一般のビジネスより少し先のトレンドを行かなければなりません。

デジタル化が止まらない時代だからこそ、最新の情報を取得・共有し、とにかく前へ進んでいく必要がある。

後述するが、鹿島はそうしなければならない強い意思と危機感を抱いており、それらがベースとなって今回のフォーラム開催に至った。

「コミュニティ」を重視するLAギャラクシー

次に登壇したのは、LAギャラクシーのブランダン・ヘイナン氏。彼は現在ギャラクシーが行っているビジネスの概要にいて解説していったが、そのなかでまず印象に残ったのは、クラブとして「コミュニティ」を大事にしているということである。

勝利は当然最優先だが、感情的なコネクションがあれば仮にチームが負けてもファンは同じ道を歩いてくれる。

ファンの経験を高め、サッカーをプラットフォームとして地域に貢献していくことをクラブとして重視。マーケティングとしては「Performance」「Belonging」「Passion」「Culture」という4つの柱を立て、そこにデジタル戦略もうまく活用しているという。

現在展開しているキャンペーンの一つが『SINCE 96』だ。

1996年の初年度からMLSに参戦し、5度の優勝を誇るLAギャラクシー。その歴史を作ってきたランドン・ドノヴァンやデイヴィッド・ベッカム、ズラタン・イブラヒモヴィッチといったスター選手たちのプレーが、ファンが熱狂する姿とともに映像で紹介されている。

こうした「見て楽しめる」「見てかっこいい」プロモーションはソーシャルでの拡散性に繋がるため、ギャラクシーには現在3人のグラフィックデザイナーが在籍。デジタルチームだけでなく様々なところでファンとのビジュアル的なコミュニケーションに貢献している。

また、コミュニティに関して興味深かったのが、ギャラクシーはホームへの集客だけでなく、アウェイゲームにファンを連れていくことにも積極的だという点。アウェイツアーを組んだり、時にアウェイのチケット代をクラブが持ったりすることで、300~500人が遠征試合についてくるようになったという。これは、広大なアメリカにおいて4大スポーツ(NFL、NBA、MLB、NHL)が行っていない取り組みだそう。

後でヘイナン氏に話を聞いたところ、いわゆるサポーターの代表者たちと「Slack」でコミュニケーションを取ったりしているとのことで、このあたりの“繋がり方”はいかにもデジタルかつサッカー的。スタンドで両チームのファンが混ざり合いながら応援することが当たり前のアメリカで、新たなスポーツ文化が根付きつつあるようだ。

最後の質疑応答では、セレッソ大阪のスタッフから「他のスポーツがある中でどう差別化しているのか?」という質問があった。ロサンゼルスには実に12のプロスポーツチームがあり、大阪という大都市のクラブとしては気になるところに違いない。

ヘイナン氏は競合について、「ブランドの独自性、ストーリーを伝えることを重視し、自分たちならではの部分にお金をかけ、新しいものを作っていくことが大事」と答えている。

シカゴ・ブルズのデジタル戦略

続く、シカゴ・ブルズのデジタル統括責任者であるダン・モリアーティは、より具体的なチームのデジタル戦略について語った。

アメリカで3番目に大きな街シカゴをホームとするブルズ。クラブ設立から53年間、ロゴが変わっていないNBA唯一のチームは、マイケル・ジョーダン在籍時代に黄金期を築き、世界的な人気を誇る。

その人気の高さ故か、デジタルへの積極的な投資は遅れてしまったが、逆にだからこそファンとの関係性を持つために、最初に彼らのファンがデジタルデバイスをどのように使っているかを徹底的にリサーチ。

現在は「コンテンツチーム」「プロダクトチーム」「グロース(成長)チーム」の計7名、デジタル部門としてフルタイムで働く優秀なスタッフを揃えており、そこにビデオチームやクリエイティブチームも関わる形となっている。

こうした体制になっているのは、すごい速さでデジタルが進歩し、マーケティングの質が変わってきたためだ。

これまではどんな人にも同じアプローチをしてきたが、今はそれぞれのファンによりフィットすることが必要な時代。単一のマーケティングではなくパーソナライズしたマーケティングを行うことの重要性は、UberやAmazonの例などからも明らかだという。

チケットに関していえば、初めてのサイト訪問者なのか、あるいは10回目なのか。アクセス元が国内なのか、それとも国外なのか。これらをデジタル的に見分けることで、「最初のページ」でいかにその人が興味を持ちそうなものを勧め、購入のモチベーションに繋げるかが重要になってくる。

現状デジタルはコストを生む部門の色合いが強いが、いずれは収益を生む部門となる。だからこそ、「なぜデジタルが必要か」などのWhyを理解している者が他のスタッフを指導することが重要だとモリアーティ氏は語る。

世界の変化に付いていくために、自分たちもデジタルマーケティングを駆使していかなければならない。そして、スポーツビジネスが進化し、コミュニケーションがデジタル化することで、ファンとの関係性もより幅広い形でとらえる必要が出てくる。

「クラブ名のタトゥーを入れているような人が、クラブの一部になっていかなければいけない」

ヘイナン、モリアーティの両氏が参加したパネルディスカッションで出ていたこの言葉が非常に印象的だった。

「ビジョンKA41」から始まった、今の鹿島

最後は、今回のフォーラムの主催した鹿島アントラーズ。

鹿島アントラーズ取締役事業部長の鈴木秀樹氏がまず取り上げたのは、クラブが創設50周年となる“2041年”をどのような姿で迎えるべきか考え、2011年に発表した「ビジョンKA41」についてだ。

■鹿島アントラーズ「ビジョンKA41」

http://www.so-net.ne.jp/antlers/spl/20th/ka41.html

鹿島は2008年から3年をかけて、クラブの置かれている環境や条件について調査。項目は1000以上に及び、専門機関への調査依頼、ステークホルダーやサポーターへのヒアリング、世界中のサッカークラブの視察などを通じ、精査した結果が明らかにされた。

その中で導き出されたのは、マーケットという点で他クラブに比べてアドバンテージがあるとは言えない鹿島地域において、現状に対処しているだけの経営では、存続していくことすら厳しいだろうという結論。

「創設50年の年、クラブはもうなくなっているかもしれない」

このショッキングな見通しが、今の鹿島アントラーズを作ってきたのである。

Jリーグは2017年に「Jリーグアプリ」をリリース。JリーグIDで統一して管理することにより顧客を可視化し、顧客体験の向上、クラブ・リーグにおけるビジネス機会の拡大を図っている。行く行くは日本サッカー協会(JFA)、さらには他スポーツと合わせて管理することで、より巨大で有用なデータベースを持つことも視野に入れているようだ。

鹿島がまず行ったのもこの“見える化”。どこにどのくらいのボリュームで自分たちの顧客がいて、どのようなことに興味を持っているのか。

商圏人口が少ないからこそ、デジタルなどを積極的に活用して成長を続け、「共存から競争へ」と環境が激変するJリーグの中で現在、売上100億円の“ビッグクラブ”を目指している。

鹿島は、クラブがJリーグから依託を受けて試合中継の番組制作を行っており、映像素材=ソフトが豊富という強みを持つ。またハード面においても、2006年からカシマサッカースタジアムの指定管理者となっているため、スマートスタジアム化でWi-Fi環境などを整備。利便性を高めることで来場者体験価値や収益の向上に繋げている。

コンコースを使った夏場のビアガーデンは素晴らしい取り組みの一つだ。試合のない日もファンがスタジアムに集い、楽しみながらクラブに収益をもたらしている。

スタジアム関連でいえば、鹿島は今シーズンから芝生の新品種を採用。ピッチの通年常緑化が可能となったことで、サッカーだけでなく自主事業や各種イベントなど、スタジアムのさらなる利活用を進めている。

また、独自のメンテナンス手法などを新たに開発し、新品種採用とともに「ターフプロジェクト」として、他スタジアムや施設での事業展開を目指すという。

まるで造園業者のようなPVだが、れっきとしたクラブ公式。数日で芝を張り替え、2週間後のホームゲームには新しい芝で試合ができるということになれば、他のスタジアム事業者からも大きな注目を集めるに違いない。

鹿島自身、「ダメになったら芝をすぐに張り替える。それくらいの気持ちでピッチの稼働率を上げる」としており、今年8月にはなんとピッチの上にテントを張って泊まるスタジアムキャンプを開催。今後は今年できなかった盆踊り、さらには運動会もやりたいとのことである。

さらに鈴木氏は、将来的にカシマサッカースタジアムの観客席数を適正なキャパシティすることを考えていると明かした。

“満員感”の創出は試合の盛り上がりやサポーターの満足度に直結する。そこで、席の配置などを見直しながら現在の約4万人から2万人台にまで収容人数を減らし、その分付加価値のあるシートを増やして顧客単価を上げたいという。

やや脱線してしまったが、総じていえることは、鹿島アントラーズはJクラブの中でも将来を真剣に考え、どんどん先へ進んでいるということだ。デジタルは今や彼らにとって欠かせないものであり、ものすごいスピードで進化するアメリカスポーツの“いま”を知るためニューヨークに事務所も設置している(所長の中村氏からは毎月レポートが上がってくるという)。

間に短いプレゼンを行ったJリーグデジタル代表取締役社長の出井宏明氏によると、リーグ全体では特に中小のクラブにおいて、デジタルの担当者が孤軍奮闘しているケースが目立つという。その状況がすぐに変わることはないが、こうしたフォーラムは国内外の最新事情や具体的な事例を知ることができるだけでなく、同じ立場の「仲間」と知り合うことができる貴重な場でもある。

今回、内容の一部を紹介したスポーツデジタルフォーラム。次回の開催はまだ決まっていないが、ぜひ今後とも続けてほしい取り組みだ。

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