『山の上の家』庄野潤三著 作家の意志、作家の気配

 庄野潤三さんのインタビューを彼の自宅ですることが決まったとき、私は喜んだ。2004年のことだ。彼の作品は日々の暮らしの細部をスケッチする。視線は人間だけでなく、虫や鳥、木々や草花といった小さな命にも注がれている。だからこそ家と庭は庄野文学の舞台であり、象徴であり、核心でもある。そう思ったのだ。

 あれから14年。作家もその妻も亡くなったが、家はあのころのままに保たれている。長男龍也さん、長女夏子さん、そして本書の版元の尽力で年2回公開されることが決まり、9月に庄野家を再訪した。懐かしさに胸がしめつけられる。『山の上の家』は、庄野家と庄野文学のガイドブックのような書籍である。

 本書を開くと、室内や庭の写真が並んでいる。音や匂い、風までが写り込んでいるようだ。たくさんの作品を生み出した書斎。井伏鱒二の紹介で買い求めた古備前の大甕。お土産をその上に「お供え」したというピアノ。恩師、伊東静雄の詩集。長女が暮らした小さな部屋にある小さな机。そして「風よけの木」。

 代表作『夕べの雲』を思い出す。主人公の大浦は丘の上の家に引っ越してきたばかりのころ「風よけの木」のことばかり考えていた。

写真から、さまざまな作品がよみがえってくる。それを補強する龍也さんや夏子さんの文章も載っている。

 「太い指に力をこめて鉛筆をにぎり、鉛筆が短くなるまで削っては書き、消しては書き、机の上は消しゴムのかすでいっぱいです。気分が乗った時だけ書くのではなく、毎朝きちんと机に向います。(略)規則正しく働く姿は、職人さんと同じです」

 夏子さんのエッセーだ。短くなったステッドラーの3Bの鉛筆が器にぎっしり詰まっている写真もある。「書きたくなくても、書けなくても、家族を守る為にひたすら机に向って書く父は、意志の強い男らしい人でした」

 作家の意志は本書のそこここから立ち上がってくる。例えば、掲載された庄野さんの随筆の一つ「実のあるもの―わたしの文章作法」にはこう記されている。

 「行き届いた、よい文章だな、とよその人の書いたものを読んで、ひとりで感心することがある。ちっとも大げさなことを言わないで、やさしい、平明な言葉づかいで、書いていることがそのまま、こちらの胸へひとつひとつ、しっかりと入って来る」

 自身の文章を言い表しているとしか思えない。彼は自分が理想と思う文体を手に入れ、磨き続けたのだ。

 20代で書いた随筆「わが文学の課題」にはこうある。「僕が夏の頂点であるこの時期を一番愛していたということは、僕をよく知る幾人かの人が覚えていてくれるだろう。だが彼等も亦(また)死んでしまった時には、もう誰も知らないだろう。それを思うと、僕は少し切なくなる。そして、そのような切なさを、僕は自分の文学によって表現したいと考える」。後に庄野さんが40代で発表する『夕べの雲』の解説を読むようだ。

 庄野さんはこの家で50年近く小説を書き、この家で亡くなった。龍也さんは最期の様子を綴っている。「丁度、会社が休みでやって来た弟と確かめると、父はすでに長い旅に出た後でした。日課の散歩に出かけるかのように、住み慣れた山の上の家を父はひとり静かに出ていったのです」

 家の窓を鳴らす風の中に、作家の気配を感じた。

(夏葉社 2200円+税)=田村文

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